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#8-9

殺されたあとの夢に、善の背中を見た。 眠っている俺に背を向けてベッドに腰掛け、善は煙草を喫っていた。 半分だけ開けられた斜光カーテンの向こうは明るい。裸の後ろ姿に、肩甲骨や背骨の凹凸が薄っすらと影になっていて、繊細な絵画のようだ。 長い息とともに吐き出された煙が、天井に向かって細くたなびく。短くなった髪が、すっと伸びたうなじを淡く彩っている。 ぼんやりとしたまま俺は手を伸ばした。無駄のない細い腰に、指先がどうにか届く。善が振り返る。海の色の瞳は凪いでいて、見たことがないくらいやわらかく俺に微笑みかけた。 「寝てなよ。まだ朝早いよ」 サイドテーブルの上の灰皿に煙草を押しつけ、その手で俺のこめかみあたりの髪に触れてくる。擽るように撫でられ、猫にでもなったような気分で俺は少し目を細めた。 眩しい朝日が差し込む光景は、善によく似合っている気がした。金糸の髪が光そのものになったように静かに輝いている。美しくて、儚げにも見えて、俺は、善が消えてしまう、と思う。 それは予感のようでもあったし、冷静な分析なのかもしれなかった。 善の手をそっととらえる。指の節ばったところをなぞる。されるがまま、善は俺をじっと見つめている。指を絡めて引き寄せ、祈るように善の手の甲に額を当てた。 「なるよ」 「ん?」 「お前の、クスリ、に」 嗄れきった酷い声だったが、善には伝わったらしい。何も言わず形のいい唇を引き結んで、ほんの僅かに俺の手を握り返した。 「俺がなってやるから」 お前の歪んだところも、ネジの足りないところも、受け止めてやる。お前が俺を肯定してくれたように、お前のぜんぶを受け入れて、守ってやる。傷だっていくらでも舐めてやる。だから、 「……ここにいろよ」 どこにもいくな。俺といろ。思っていることの半分も言葉にはならずに、ああ、こんな今際の夢の中でさえ俺は、お前にどこか意地を張ってしまって。 善は、そんな俺のことをすべてわかっているような目で、ふ、と笑った。 ベッドが軋む。逆光でも綺麗な善の顔が、ゆっくりと近づけられて、唇が触れた。触れるだけ。ただそこに互いがいるのを確かめるためだけのような、キスと呼ぶのすらなにか大袈裟に感じるような。 でもそれはとても、とても心地がよかった。 目をあけて、離れていく善を見る。髪を撫でられる。慈しむような手つき。 「おやすみ、千亜貴」 その手と声に誘われるように、俺は再び目を閉じた。 蜂蜜のようなやさしい金色の微睡みに沈んでいく。 目が覚めて、俺の望みはひとつも叶わなかったことを知る。 俺は死んでいなかったし、善はいなくなっていた。 それきり帰ってこなかった。

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