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#9-4

「生まれも育ちも日本って言ってたけど、きっと小さいときから相当、苦労したんでしょうね……アクアマリンみたいな綺麗な目だったの、憶えてるわ。それに見事なトゥヘッド」 「……トゥヘッド? って何」 聞き慣れない言葉に思わず俺が口を挟むと、「あの髪色よ」と微笑んだ。 「白に近い明るい金髪。いわゆるプラチナブロンドだけど、天然モノはトゥヘッドっていうの。大人になってもあの色っていうのはかなり稀なんですってね」 「ふーん……」 俺が知らなかった、あの色を表す言葉を、ママが知っていたことになんとなく面白くなさを感じた。煙草の灰を落としながら、ママは少し声のトーンを上げて、苦笑混じりに言う。 「チイちゃんの相手が金髪碧眼のイケメンだって教えてくれてたら、善くんのことだってもっと早くわかったのに」 「ああ、確かになぁ。まさか啓吾ママの知り合いだったとは」 ルルちゃんも水割りを舐めながら同調した。何やら責められているように感じて、俺は「だってさ」と言い訳の口調になる。 「俺にとっては、どうでもよかったんだ」 俯いた視界に、善の姿を思い浮かべながら言う。 金色の髪も、青い瞳も、綺麗だった。見るたび確かにそうは思っていた。でも。 「髪が金でも黒でも赤でも。目が青でも黄色でも。それは単なる事実っつうか……あいつの外見の特徴でしかないし、俺は」 ――あいつだったら、なんでもよかった。 そう言いかけた言葉を飲みこんだ。なんだか恥ずかしい言葉だということに気づいて。 「俺は、ほら、身体目当てだったから」と、誤魔化すようにおどけて言ったけれど、 「チイちゃんのそういうところに、救われてたのかもね、善くんは」 肩を竦めて微笑んで、そう言ったママにはたぶん、見透かされていた。 この街は、啓吾ママが当時住んでいたところだという。善を居候させていたというマンションの住所も教えてくれて、ついさっき、その前まで行ってきた。 そこに善がいるかも、なんて思っていない。ただ、善がいたという場所を見てみたかっただけ。でもそのマンションを目の当たりにしても、善の痕跡なんて当然あるわけもなく、その存在がさらに遠くに感じられただけだった。 キーリングを片手で弄びながら、スポーツドリンクを一口。マンションから徒歩五分ほどのこの公園で、善もこんなふうにベンチでぼんやりしたことが、一度くらいはあったのかな、なんて想像する。 今日みたいなよく晴れた日は、太陽が眩しいから苦手だと言っていた。だからきっと、あったとしても曇りの日、それか夕方か夜。 遊具も何もない、ただ緑化がされているだけの公園と遊歩道。道行く人に好奇の目で見られて、居心地悪い思いをしたりしたんだろうか。そうじゃないといいな、と思う。 もうずっと、善のことばかり考えている。 止められない。なんでだろうな。 率直に言えばセックスしたい。何せ週五であいつとしていたのだ。欲求不満が募って、いい加減ヤりたくてたまらない。 それなのになんで、誰でもいいからしたい、とは思わないんだろうな。 昨夜だって、「フランダー」のカウンター席には割と好みの男が座っていたのだけれど。なにも感じなかった。 なんでかなあ。虚しくなって目を閉じる。 不毛だ。善じゃなきゃ嫌だ、なんて。 十分か十五分かそれくらい、そこに座ったままぼうっと過ごした。 暑いし、あんまり長くいるとこのご時世、不審者として通報されたりしそうだから、もう少しいたいような気もしたけれど立ち上がる。 昼食を摂っていなかったのに気づいたのと同時に、牛丼のチェーン店の看板が目に入った。ふらりと入った店内は空いている。 食券を買ってカウンターに座ると、山瀬と一緒に昼を食べていた時期のことが思い出された。そして、山瀬が俺を心配して「フランダー」まで来ていたということ。 尻ポケットからスマホを取り出す。山瀬からのメッセージが、ずっと読まないまま溜まっている。ざっと目を通しているあいだに牛丼が運ばれてきた。行儀悪く左手でスマホをいじりながら、右手に箸を持つ。 連絡無視してごめん。心配してくれてありがとう。そういう書き出しで返信を打ち始める。 会社辞めるよ。今日チーフに連絡する。お前と一緒に働けたのは楽しかった。置いてく形になってごめんな。 あまり味のしない牛丼をもそもそ食いながら、同じような文章を、何度も何度も消しては打ち直した。

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