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#10-3
「真ん中が、俺の母親。日本とフィンランドのハーフ」
不意に善が口を開く。視線は中央の遺影に注がれている。俺もその女性の、豊かなブロンドと優しげな表情を見つめた。
「左が父親。何カ国か混ざってるけど、とりあえず北欧人」
こちらは、母親のほうよりもさらに白人らしい、凹凸の深い顔だ。髪色もより明るく見える。
善の両親とあってどちらも美形だ。そして二人ともかなり若い。欧米人の顔立ちだからわかりにくいが、三十代か、下手したら二十代じゃないだろうか。
それが遺影として置かれているってことは、つまり、そういうことなんだろう。俺は密かにこく、と喉を鳴らした。
「俺は聞かれたら日本とフィンランドのハーフって答えることにしてるけどね。めんどくさいから。生まれも育ちも日本だけど、六歳までは家ではフィンランド語喋ってたみたい。もうぜんぜん覚えてないけど」
「……右の人は?」
俺が訊くと、善はすぐには答えずに、その遺影にしばらく視線を注いでいた。
唯一の東洋人らしき人物。四十代半ばほどだろうか、目尻の皺がくしゃくしゃと優しげで、どこか力強いエネルギーを感じさせる人だった。
やがて善が言う。
「叔父さん。高一のときに、俺を引き取ってくれた。ここで一緒に住んでた」
その声にはひときわ深い親しみが込められているように、俺には聞こえた。
「血縁関係で言うと、叔父じゃないんだけどね。もっとずっと遠いんだけど。俺が親戚じゅう盥回しにされてたの知って、進んで引き取るって言ってくれたんだ。すごく優しくて」
ほんとうにいい人だった、と言う善の目の先で、遺影の人物は笑っている。いい人は苦手、と言っていた、ついさっきの善の横顔が浮かぶ。
「俺が高校出てすぐ、事故で死んじゃった。この家は土地ごと取り上げられちゃったんだけど、俺が買い戻した。ほんとは隣も叔父さんの土地だったんだけど……そっちは間に合わなくて、ほかの人に買われちゃったんだ。悔しかったなあ……」
俺は啓吾ママに聞いた話の断片を思い返した。昔の善は無茶なやりかたで荒稼ぎしていたという話だ。目的というのはそれだったのだろうか。畳に直に座っている脛のあたりが、そわそわと落ち着かないような気分になった。
善の背中は真っ直ぐに伸び、俺なんかよりずっと綺麗な正座姿だ。その膝の上で、両の拳が握られる。
「高校三年間、ずっと、ずーっと本気で死にたかったけど……叔父さんがいたから死ねなかった」
冷たい熱のこもったような低い声に、どきりとする。
「いっぱい考えたけど、どこでどうやって死んでも結局、叔父さんに迷惑かかる。面倒な思いさせて、やっぱりあんなガキ引き取らなきゃよかった、って一瞬でも思われたら……そんなの、耐えられない。学校でまわされてるほうが何倍もましだった」
善の手が静かに震えているのが見えてしまう。肩越しに見える頬のラインに表情はなく、俺にかつての出来事を思い出させる。善の髪が黒かった頃。あの放課後のトイレで見た、感情の一切を消した……殺した顔。
あの頃に死なないでいてくれてよかった、と俺は思った。
でも、そんな無責任なこと、口に出して言えるはずがなかった。
死にたいほどの日々を善が過ごしていて、それを知っていながら知らぬふりをしていた俺は、間違いなく加害者のひとりだ。
善に伝えられる言葉なんて俺には見つけられず、俺たちのあいだに、重い沈黙が横たわる。
煙草の白い煙が、細い筋になって天井へとのぼっていく。
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