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「よう。目が覚めたってな、金髪美少年」
「え、……」
突然開かれた部屋のドアから入って来たのは、やはり見知らぬ男だった。傍らにはライが立っていて、「つい今気が付いたみたいだよ」と笑っている。
「気分はどうだ?」
「………」
背の高い男だった。ライと並ぶと頭二つ分は身長差がある。
カラスのような色の髪。冷たい笑い方。ゾッとするほど低い声……。上半身は裸で、ライと同じような黒いロングパンツを穿いている。両肩にトライバルのタトゥー。どこもかしこも男っぽいのに、何故か――その青い眼だけは吸い込まれそうなほどに美しかった。
「亜蓮。この人が皇牙だよ。亜蓮をここまで運んできたのは彼だ。この部屋の主で、『ダチュラ』のオーナー」
「ダチュラ……?」
「ナイトクラブだよ。酒と音楽とコミュニケーションを楽しむ、この世界には欠かせない社交場」
青い眼でじっと俺を見つめながら、皇牙が言った。
「それで、美少年亜蓮。腹は減ってねえか、何か食うか?」
「……それよりも、あんたは俺をどこで拾ったんだ。ここはどこだ?」
「拾った、というのは正しい表現だな。お前は意識を失くして、アパート前の道に裸で倒れてたんだ。ピクリとも動かねえから助けるつもりで拾ってきた」
「は……?」
「素っ裸で、ブーツだけ履いてた状態だ。危うく死ぬとこだったぞ。俺に感謝しろ、亜蓮」
瞬間、俺の脳裏に赤い鬼の顔をした男が浮かび上がった。
割り切りを持ちかけられた男と理由は忘れたけどくだらないことで言い合いになって、鎖を引っ張られ、倒され、男が俺に馬乗りになって、……首を圧迫された。
ぎらついた男の目。薄れていく意識。恐怖と絶望、死への覚悟――その後の記憶は、すっぱりと途切れている。目が覚めたらこの部屋にいたということだ。
「……ありがとう。あんたが助けてくれたんだな」
「ああ。ちゃんと礼が言える良い子だ」
「それで、ここはどこなんだ。二丁目か?」
「いや、ここは新宿の令和町。家は近いか? 送ってやるけど」
「令和町……? 何だそれ……」
目を丸めて呟いた俺を見て皇牙が腕組みをし、口元だけで嗤って言った。
「おい、記憶喪失とか冗談言うのはやめろよ。こちとら仕事中なのにお前を介抱してやってたんだ、これ以上の面倒事は勘弁だぞ」
「いや、本当に知らない。令和町なんて聞いたこともない。何なんだそれ」
「令和っていったら、今の元号だろうが」
「それは知ってるけど……」
俺は子供の頃から新宿で生きてきた。町名が変わったなら絶対に知っているはずだ。
「歌舞伎町の間違いじゃなくて……?」
「それこそ聞いたことねえぞ」
「い……意味が全然分からない……。分かるように説明してくれ」
「そう言われても、これ以上どう説明すべきか分からねえんだけど」
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