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「お前の兄貴、何だか掴みどころのない奴だな。……悪い奴ではないけど……」
呟くと、ニコラがTシャツの袖で鼻を拭って「へへ」と笑った。
「俺達、今よりもっとずっと小さい頃は新宿のスラムで暮らしてたんだ。俺とステラの二人で、縮こまってさ」
「え、……?」
「同い年の子達はみんな泥棒して生活してたけど、ステラは人に迷惑かけちゃいけないって、絶対にそれだけはやらなかったんだ。でもお腹は空くでしょ? どうしてたと思う?」
「……どうしてたんだ」
「俺とステラの分、……その日食べるたった二個のパンをもらうために、変態オヤジのアレをしゃぶってた。ステラが一人でね」
「っ……」
「俺はそんなの全然気付かなくて、『仕事してくる』って言ってふらっといなくなるステラは、きっと街で踊ってお金をもらってるんだと思ってた。ステラは凄く踊りが上手かったから、みんなステラの踊りが見たくて集まってるんだと思ってた」
「ニコラ、もう……」
「俺も見てみたくて、こっそり後をつけたら、……小さいステラは汚いオヤジの股間に顔埋めてた。慌てて止めに入ったよ。そのオヤジに殴られて蹴られて、犯されそうになったけど」
俺は奥歯を噛みしめ、吐き捨てるように言った。
「もう言わなくていい。……言うな」
「何言ってんの、こっからがドラマチックなんだから聞いてよ」
ニコラが頬を膨らませて俺の胸を指で押し、話の先を続ける。
「そしたらね、皇牙が現れたんだ。あっという間に変態オヤジをぶっ倒して、俺とステラを拾ってくれた。ご飯を食べさせてもらって、ちゃんとした服も着せてもらって、お風呂も初めて入った。あの日の俺達は、きっと世界で一番幸せだったろうなぁ」
「……それで、この店で働くようになったのか」
「うん。だから皇牙には恩を返しても返し切れない」
少し照れ臭そうに笑って、ニコラが頭をかく。俺はその笑顔を微笑ましく思って眺めていたが、ニコラの話の中でどうしても引っかかる部分があり、結局視線を伏せてしまった。
「この街には……お前達みたいな子供が、たくさんいるのか?」
「え? ああ、孤児ってこと? そりゃあ多いよ。運よくちゃんとした孤児院に保護される子もいれば、犯罪組織に拾われる子もいる。俺達みたくナイトクラブで雇われるなんて最高にハッピーだよ。娼館に行く子の方が断然多いからね」
その悲惨な事実よりも俺は、それを平然と語るニコラの顔に胸が痛くなった。親や家がないのも、子供が飢えるのも、幼い体を売り買いされるのも……この次元の世界ではそれが当たり前になってしまっているというのか。
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