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日曜日の朝――
良い匂いがして寝室からキッチンへ移動したが、良いのは匂いだけでフライパンにはよく分からない麺の塊が乗っていた。
「……これ、何だ?」
上半身裸の皇牙が、煙草代わりのキャンディを咥えながら仏頂面で俺を見ている。
「パスタ・ペペロンチーノ」
「ああ……この黒いの、焦げか。皇牙、フライパン使う料理はパンケーキしか作れないんだから、パスタなんて買ってくればいいのに」
フライパンから摘まんだパスタを口に入れる皇牙だが、すぐに眉間に皺が寄り頬を膨らませて、結局「オエッ」と流しにそれを吐き出した。
「駄目だ、まともな人間が食えるモノじゃねえ」
「……何やってんだか」
呆れてダイニングテーブルに着き、そこにあったバナナを手に取り皮を剥く。
ここに来て今日で一週間。理解したのは皇牙がパンケーキしか作れないこと、ここが歌舞伎町に良く似た令和町という街であること。ある程度の自由が許されていて俺達のような夜型の人間には住みやすいが、その裏で犠牲になっている子供達がいること。
良くも悪くも、俺が住んでいた街とは何かが違う、別次元の新宿だということ。
「ああ、クソ。何が上手く行かねえんだ? どうしたって焦げてパサパサになっちまう」
「皇牙、オリーブオイルとか入れてる?」
「あのヌルヌルするやつか。あんな味が付いてねえもの入れたって意味ねえだろ。代わりにハチミツソースを入れたんだが?」
「き、気持ち悪っ……」
「何だと。子供は皆、甘いモンが好きだろうが!」
そんなモノを食わされたらどんなに甘党の子供だってトラウマになる。アホだなぁと思いつつバナナを頬張ったその時、ふと気付いた。
「子供? 子供に食わせるために作ってるのか?」
「前に言ったろ、前の旦那との間に養子縁組した子供がいるって。日曜日の昼飯と夕飯だけ俺の所で食べるんだ」
「……これまで災難だったな、その子。毎週まずい飯食わされてたんだろ」
「るっせえな」
仕方なく俺もキッチンに立ち、パスタ作りを手伝ってやることにした。俺自身あまり料理は得意じゃないが、少なくとも皇牙よりはマシな物を作れるはずだ。
ちゃんとオリーブオイルを使ってフライパンの中身が「それなり」のペペロンチーノに近付き始めた、その時。
「皇ちゃん! 来たよ」
アパートのドアが勢いよく開き、小学生くらいの少年が現れた。
「おお、飛弦 ! よく来たな」
それは年相応の溌剌とした少年だった。ツンツンの黒髪に少し洒落たデザインのTシャツ、元気な印の半ズボン。小脇にはサッカーボールを抱えている。
「さあ来い、来い来い来い! 抱っこしてチューしてやる!」
「ぎゃははは、やだぁ!」
皇牙に追いかけられ抱き上げられ、甲高い笑い声をあげている少年、飛弦。こうして見ると確かに親子だ。離れて暮らしていても血の繋がりがなくても、二人の間には無条件の信頼と愛情があるとはっきり分かる。
「飛弦。彼は亜蓮だ。俺のクラブで働いてる。新聞で見たな?」
「あぁっ! 本物のチェーン・ストリッパーだ!」
「こんにちは、飛弦。背が大きいな、幾つだ?」
「こんにちは亜蓮! 十歳になったばかりだよ!」
床に降ろされた飛弦と握手をして、ついでにその小さな桃みたいな頬を撫でてやった。
「昼飯は亜蓮が作ってくれたんだぞ。お前の好きな本物のペペロンチーノだ」
「甘くないやつ?」
「皇牙のと違って、俺のパスタは甘くないよ」
「やった!」
喜ぶ飛弦を見て「良かったな!」と笑ってから、皇牙が少し納得いっていない顔で俺を見た。
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