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9-3
「飛弦ーッ!」
知らない街、知らない道。晴れても空には星が出ない、ネオンと霧と紫煙に包まれた新宿、令和町。
俺は飛弦の名前を叫びながら走り続けた。
「お、ダチュラのチェーン・ストリッパー。どうした、そんな慌てて」
別の店の黒服が俺を見つけて手をあげる。俺はふらつく足取りでそちらへ向かい、肩で息をしながら彼に尋ねた。
「……十歳くらいの男の子、見なかったか。大人と一緒に歩いていたと思うんだが……」
「いや、見てねえよ」
「ほ、本当に……」
「本当だ。この辺を素人の子供が歩いてたらまず目立つから、見れば覚えてるさ」
「そうか。……それと街の中心は、こっちの方面で合ってるか?」
「ああ、そこの通りを出て真っ直ぐ行けばもう中心部だ」
俺は黒服の男に軽く頭を下げ、再び走り出した。
俺の嫌な予感が当たっているなら、男は飛弦を連れてどこかホテルに入るはずだ。何としてもそれまでに見つけ出さないと、取り返しがつかないことになる。
猥雑なネオンの中を走るうち、一瞬、子供時代に戻ったような錯覚に陥った。家を飛び出したあの日、初めて目にした街の風景。行き交う大人達。似たような黒服姿の男達に、ここにはいないがドレス姿の女達。とても子供が来て良い場所じゃないと、当時の俺も直感的に察していた。
何もかもがぎらぎらに光っているのに、ふと視線を向ければ隅の方は真っ黒で、まるで怪物の住処のように思えて怖かった。
初めて体を売った時だって。本当は怖くて逃げ出したくて、金なんかもう要らないから家に帰して欲しかった。知らない男に尻を犯されるくらいなら、空腹に耐え親に殴られた方がましだと思えた。怖くて、怖くて、怖くて――飛弦が今、そんな現状に立っていると思うと気が狂いそうになる。
「飛弦ーッ!」
気付けば俺の頬に涙が伝っていた。
「っ、……飛弦」
前方に見えた、……少年と大人の男の後ろ姿。俺は全力で走って行き、少年の腕を掴んで振り向かせた。
「飛弦!」
「え?」
「お、おい。誰だあんた! 息子に何をする!」
「あ……」
違う。飛弦じゃない。――咄嗟に手を離し、人違いを謝罪する。
「パパ、早く帰ろう。お腹空いたしママも待ってるよ」
「ああ、そうだな。お土産いっぱい買ったからママも喜ぶぞ」
「………」
――飛弦! 飛弦、飛弦――飛弦!
握った拳をどこにもぶつけることが出来ず、俺はその場で立ち尽くした。とめどなく溢れてくる涙を拭い、今一度頭の中を整理する。
やみくもに探して時間を無駄にするくらいなら、今からでも確実な方法を取らないと。まずはライに報告だ。ライから皇牙に連絡してもらって、皇牙達と手分けして……
「っ……、あ……?」
瞬間、体が後ろへ倒れ――目の前の景色がゆっくりと裏返って行った。
「馬鹿だな」
首元に走った息苦しさで、鎖が後方に引かれたのだと知る。この世界に来るまでに何度も体験してきた、首輪が喉に当たる息苦しさ。
「こんな街の中に一人で飛び出して、何ができる」
スローモーションで後ろに倒れた俺の体が、何か大きなものにぶつかって――止まる。
「美しい亜蓮、チェーン・ストリッパー」
「………」
赤い蜘蛛の目をした男の声が、耳元で低く囁いた。
「今夜は一晩中、俺のために踊ってもらうよ」
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