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ひとつきほどたったある日。
朝、インターホンを鳴らし預かった鍵で玄関を開けると、中から返事があった。
普段先生は息子を保育施設に送り届けている時間帯。
奥のリビングから歩み寄ってくる先生の背後に、遠くからこちらをうかがう、小さな影。
「息子が熱を出して。午前中に病院に行ってきます」
手招きされ寝間着のまま先生のかたわらに駆け寄る、頭の小さな、賢そうな男の子。
先生のような温和な雰囲気をあまり感じない、母親似なのだろうか。
「おはようございます、にしよりえいしんです」
先生にうながされ舌足らずな口調で挨拶をした彼は、風貌が不穏だと言われがちな俺におじけづかず、まっすぐにこちらを見つめる。
子どもと接することなどこのところ記憶になく、おじけづいていたのは自分だったのに、自然と、小さな笑みがこぼれた。
「千坂登一 です。よろしくお願いします」
伝染 ると悪いからと部屋に行くよう言われても離れない栄進を、先生は膝に抱き上げて仕事の打ち合わせをする。
時折彼の背中を優しくたたき、栄進が甘えると会話に集中しながらも彼を抱きしめた。
病院から戻ると広いリビングで昼食をともにとる。
仕事場のソファで横になった栄進は、寝飽きると先生に再び抱かれながら、俺のことを遠慮がちにうかがう。
先生と俺の間を行ったり来たりする彼をふいにつかまえて高く抱き上げると、その後は上機嫌に俺にからんでくるようになった。
先生が微笑ましげにそれをながめる。
空虚な砂漠のようだった空間が、ふたりの笑顔であたたかく満ち足りた別のものになる。
この空間に身を置くことができる今が、この上なく幸福で、
幸福を与えてくれる彼らがどうしようもなくいとおしく、
時がたてばここから去らねばならないことが異常なまでにさみしかった。
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