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第3話

 上目づかいに盗み見る横顔が、ふてぶてしくゆがむ。うがった見方をすれば、忍耐力を試されているようなシチュエーションだ。  厳密に言えば、足は単にのせられているにすぎない。つまり手を横にずらせばすむ話にもかかわらず、勝手な行動に出るのはルールに反するような気がして果たせない。  戸惑いに満ちた視線と、威圧感を与えるそれが何度かからんだすえに、戸神が空中に指で綴った。  合格──と。  チャイムが鳴った。そこで、ようやく足が離れていった。ただし、行きがけの駄賃よろしく、をしてのけた。  即ち、舐めろ、と命じるふうに爪先が口許に突きつけられたのだ。  仁科は憤然として立ち上がると、大股で教壇に戻った。やけに耳たぶが熱い。しかし悪質なやり方でからかわれて腹が立つからだ、とは一概に言い切れないものがある。  今のひと幕には、紅茶に蜂蜜をひと垂らしした程度甘やかさがひそんでいた。おかげで答案用紙を集めるよう指示を与える声がうわずる。  手の甲にうっすらと消え残るソールの痕が、戸神に虚仮(こけ)にされた証拠だ。今さらながら指が小刻みに震えて、仁科は出席簿を取り落とした。それにひきかえ戸神は、といえば。  隣の席の生徒とジャンケンをしている。  その無邪気な様子に、狐につままれたような思いを味わった。  首をかしげがちに教科準備室で書きとりテストの採点している間中、嘲笑をたたえた顔が目の前にちらついてしょうがなかった。  眼鏡をかけなおした。個人別の成績表をパソコンのディスプレイに呼び出す。  戸神の欄は、今日の分も含めて満点がずらりと並んでいる。いじわる問題の〝憂鬱〟さえすらすらと書いたとおぼしい戸神は、字もきれいだ。  砂利がひと粒、靴下の中に入り込んでいるように、どうにも落ち着かない。仁科は、ムキになってボールペンをノックした。  教師をからかって喜ぶ生徒は、ごまんといる。戸神にしても、ちょうど担任にちょっかいを出したい気分だったのだろう。  あれは単なる悪ふざけにすぎない。そう結論づけても釈然としない。だいたい〝合格〟とは、どういった種類の試験に受かったという意味なのか。    雑用に追われて真意を聞きただしそびれているうちに一ヶ月がすぎた。ある日の放課後、仁科は人生の岐路に立たされた。

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