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act1 音楽室編

「押入を整理してたら、なつかしいのを見つけてさ。先生の趣味は確かフルートの演奏なんだよね。笛つながりで、これを吹いてもらおうと思って持ってきた」    戸神翔真がそう言って、縦長のケースの蓋を開けた。それは小・中学校の音楽の時間に使っていたものとおぼしい。安っぽいリコーダーを恭しげに取り出した。  カーテンの合わせ目から夕陽が射し込み、埃っぽい床にオレンジ色の縞模様を描く。仁科貴明の横顔も黄金色(こがねいろ)にぼやけ、眼鏡のレンズが光る。  ただし仁科は目下、たとえ朝陽が夕陽に取って代わろうが気にする余裕は欠けらもない。  なぜなら後ろ手に粘着テープで雁字搦めにされている。さらに両足は、肩幅に割り広げられたうえで左右それぞれが教卓の脚にくくりつけられている。  そんな状況下においては、自由になること以外のことは考えられるはずがない。 教 卓につっぷす形に天板に押しつけられている腹部にワイシャツのボタンがめり込み、痛みが走る。  掲げがちに腰を突き出す、という姿勢をとらされているために内腿の筋がつれる。  おまけに、校章が刺繍であしらわれたネクタイとハンカチを用いて猿ぐつわをかまされている。  叱声はくぐもるばかりで、戸神を圧する気迫に満ちているどころか、彼はリコーダーで音階を奏でるありさまだ。  仁科は必死に身をよじり、だが粘着テープはかえって手首にからみつく。  猿ぐつわを外すべく、天板に頬をすりつけて頭を上下させるたびに、眼鏡がずれてフレームがカチャカチャと耳ざわりな音を立てる。  拘束を解くよう戸神を目で促しても、巧妙に視線を逸らされることの繰り返し。  猿芝居にまんまと騙されたせいで苦境に立たされることになったとはいえ、あまりのくやしさに泣けてくるようだ。

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