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第28話
独り暮らしのマンションの部屋にこもって週末を過ごす。微熱があるように全身がだるくて、湯を沸かすことさえ億劫だった。
第一、食欲などまったくない。音楽室での出来事が、折に触れてコマ送りで脳裡をよぎる状況でもどんぶり飯をたいらげる人間がいるならば。お目にかかりたいものだ。
悪夢にうなされては飛び起きる。
それを繰り返すうちに東の空が明るみはじめた月曜日の早朝。新着のメールにスマートフォンを取り上げた手がぶるぶると震えた。
〝課題〟と件名にある、それを送ってよこしたのは戸神翔真。
──登校するさいにリコーダーを忘れるな。昼休みに第二体育倉庫で練習の成果を見せてもらう──。
こういった本文に、こんな画像が添付されていた。即ち、恍惚とした表情で〝戸神〟を頬張るさまを激写したものが。
即座にメールを消去した。だが腸 が煮えくり返るにもかかわらず、「第二倉庫……」と呟くと心臓が跳ねる。
あたかもリトマス試験紙に、〝期待〟という名の溶液をひとしずく垂らしたように。
もぎ離しても、もぎ離してもクロゼットに視線が吸い寄せられる。
校内のゴミ箱に捨てるのは論外で、さりとて通勤電車の網棚にわざと置き忘れてくるわけにもいかずに持って帰ったリコーダーが、ケースに収まってそこの隅に在る。
呼び出しに応じたが最後、リコーダーの吹きぐあいに進歩のあとが見られない、という理由で折檻されかねない。
暗澹 たる思いに横顔が愁いを帯び、だがクロゼットに向ける眼差しは徐々に官能的な色を濃くしていく。
ずきり、と脈打ったようなキスマークに触れてみた。この刻印が色あせていくにつれて、犯された記憶も薄れていくのだろうか。
無理だ。魂にじかに刻みつけられたからには未来永劫、忘れられっこない。戸神という毒に身も心も蝕まれて、性奴に堕する……。
それは予感ではなくて確信。
運命の歯車が大きく軋む音が聞こえた気がした──。
「音楽室編」──了──
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