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第30話

「A定食はカラアゲか、美味そう。俺なんか今月、小づかいがピンチでこれだよ?」    定食のお盆と並べて、きつねうどんの丼を置けば、ワイシャツに包まれた肩がぴくりとと跳ねた。  怖いもの見たさという体で、仁科がぎくしゃくと振り向いた。とたんに色白の顔が蒼ざめて強ばり、椅子を蹴倒す勢いで腰をあげた。  戸神は椅子の背もたれに手を添えた。倒れるのを防いでおいて、仁科の隣に腰かけた。いつ、いかなるときでも逃げる隙なんか与えてあげない。 「成長期に、うどんオンリーじゃ栄養が偏ると思わない? カラアゲを一個恵んで」 「戸神ぃ、たかってんじゃねえぞ」  などと通りすがりに茶々を入れていく友人に、親指を立てて返す。ナイスフォロー、と戸神は心の中で付け加えた。  なついてくる戸神を満座の中で冷淡にあしらうのは得策ではない、という構図に仁科はますます身動きがとれなくなった。  カラアゲのつけ合わせのトマトを盗み食いするふりをして、仁科がうろたえるさまを愉しむ。  淫花を派手にかき混ぜたときと同様に、ことさら音を立ててうどんをすすると、仁科は何を連想したのか頬をうっすらと染めた。  戸神は、にんまりした。羊の群れに溶け込むのは簡単だ。教師とクラスメイトの別を問わずにこやかに接し、さらに好成績を維持しておきさえすれば、戸神翔真は模範的な生徒だと周りが勝手に思ってくれる。  仁科も、戸神の対・世間向け用の仮面に騙されたクチだ。  仁科がもそもそとカラアゲをかじった瞬間を狙って、テーブルの下で彼のふくらはぎを爪先でつつく。おびえた表情が最高にそそる。  ちらほらと混じる教師プラス生徒というギャラリーの見ている前で仁科をひざまずかせて、銜えさせてみたくなるほどに。  思い出し笑いに口許がほころび、戸神はアブラゲを嚙み裂いてごまかした。  そして今度は爪先でスラックスの裾をめくり、むこうずねの線をなぞりあげると、仁科は横目で睨んできた。  そこで戸神が意味ありげに舌なめずりをしてみせると、口を真一文字に結んでうつむく。  何かにかこつけて悪戯をとがめるのが正解の場面で口ごもってしまうあたり、彼我の力関係をよく理解している。

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