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act2 調理室編

「男が料理するのはみっともない、って意味の慣用句があったよね。度忘れしちゃってさ、教えて? 先生」 「〝男子厨房に入るべからず〟、だ……ん、んっ!」 「国語の先生には簡単すぎる問題だったね。さて、なぞなぞです。この調理器具は何を割るときに用いるものでしょう。ヒントは街路樹で、漢字にはふた通りの読み方があるよ」  ちなみに制限時間は十秒、とカウントダウンがはじまった。  そのとき仁科貴明は、ワイシャツがはだけた恰好で教え子の戸神翔真の正面に立たされていた。アンダーシャツがたくしあげられて、小ぶりのペンチ様の器具で乳首が挟みつけられる。仁科は顔をしかめながら大きく身をよじりった。 「やめなさい! 本校の罰則規定に照らし合わせれば、戸神、きみの行為は一週間の停学処分に相当する……」  しっ、と戸神が人差し指を口の前で立てた。  そして耳をそばだてているふうに一拍おいたあとで、廊下に面した窓に顎をしゃくった。 「キャンキャンわめくと、通りすがりの誰かに聞こえちゃうかもよ」  という、やりとりがなされた場所は裏庭を見下ろす調理室だ。もっとも夏休み中に取り壊される旧校舎の二階に位置するとあって、つぶれて久しいレストランの厨房という(おもむき)だ。  出入り口は調理室の前方と後方の二ヶ所。その、どちらの引き戸にも鍵をかけてある。  もとより旧校舎に人気(ひとけ)はない。つまり話し声を聞きとがめられる恐れがある云々は、脅しにすぎない。  旧校舎に比して、校庭はにぎわしい。ラスト五百全力疾走、と陸上部の顧問が部員にハッパをかける声が風に乗って聞こえてきた。 「放課後の学校って、けっこう人口密度が高いよな。注意をひいちゃヤバいから、静かにいこう、静かに」  などと鹿爪らしげに言葉を継ぐと、調理器具と称するものの握りを摑みなおした。 「……う……ぎぃ……っ!」

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