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第33話
二枚の金属プレートの間で乳首が無惨にひしゃげる。仁科はからくも悲鳴を嚙み殺した。
もしも本当に誰かを呼び寄せる形になれば身の破滅だ。生徒を誘惑して猥褻 な行為に及んだ廉 で理事会で吊るし上げを食らうくらいなら乳首をもぎ取られたほうがマシだ、とさえ思う。
「なぞなぞの途中だったっけ。話をはぐらかして、貴明はずるいなあ」
「目上の人間を呼び捨てにするのは失礼だ、立場をわきまえな、さ……い……んっ!」
口答えは許さない。戸神はそのルールを徹底するかのごとく、もう片方の乳首も同様に調理器具の餌食にする。
そのかたわら、すんなりした下肢に手を伸ばして和毛 をじゃらつかせた。
「痛っ! やめるんだ戸神、やめなさい!」
体罰は学校教育法で禁じられているとはいえ、これは正当防衛が適用されるケースだ。いっそのこと戸神を蹴り飛ばして逃げたいところだが、思うに任せない。
それには、こういう理由がある。
いわゆるフルチンで立ち尽くす姿が、調理台の鏡面に映し出される。スラックスと下着はキャビネットにしまわれて、その鍵は戸神が持っている、という寸法だ。しかもネクタイを用いて後ろ手に縛られている。
蛇足だが、花菱が〝髙〟の字を取り巻く意匠がワンポイントのネクタイだ。即ち、この高校の制服のアイテムのひとつだ。
つまり、戸神の演出および監督による光景が繰り広げられている最中なのだ。
仁科はときどき、こう思う。明朗快活な生徒で通っている戸神翔真は、ハナカマキリさながら擬態の名人だ。
海千山千の政治家並みに老獪 で、人なつっこい笑顔を武器に周囲を欺く。戸神の真の姿に接したことがある者は、校内ではおそらく仁科ただひとり。
話は半月前の放課後に遡る。仁科にとって人生のターニングポイントとなったその日は、雨もよいの今日とは違って、茜雲がたなびいていた。
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