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第34話
眼鏡がずれて鬱陶しい。仁科は肩をあげてフレームの位置を調節した。
毒牙にかかって以来、どれほどの量のくやし涙をこぼしたことか。戸神が、自分をおびき出す餌に用いた「相談事がある」を額面通りに受け取ったばかりに奈落の底に突き落とされる羽目になったのだ。
調理室の並びにある音楽室で、教え子の慰み者に落ちぶれたあの一件に関する記憶を外科的に取り除けるというのなら、人体実験をしてもらってもかまわない。
ところで今日は、こんな名目で調理室に呼び出された。それは悪戯で書いてみた小説を読んで添削してほしい、というものだ。SF仕立てのショートショートの原稿を本当に持参するあたり、戸神は芸が細かい。
ひどい目に遭うとわかっていても、仁科に断るという選択肢はない。なぜなら戸神のスマートフォンに保存されている画像は、時限爆弾だ。
彼の気分次第であれが爆発したとたん、仁科は確実に社会的に抹殺される。
「何事も公平にいかないとね」
そう、うそぶいて戸神は左右の乳首をペンチ様の器具でかわりばんこに挟む。
「っ、ぅ……ううう!」
痛みのレベルは自然に涙がにじむほどと、かなりのものだ。だが、泣きすがるのは教師の沽券にかかわるうえに戸神を喜ばせるだけ。
仁科はひたすら首を横に振り、身をよじった。以前、万引きしてつかまった生徒を警察に引き取りにいったことがあるが、悪ぶっていたあの生徒など戸神に較べればかわいいものだ。
戸神は、今までに受け持った歴代の生徒の中で最凶のモンスターだ。
戸神が、すっきりと調えてある眉を上げた。ふと思いついた、というふうに仁科の膝の裏を爪先で薙 いだ。
「う……っ」
後ろ手に縛られていることも相まって踏ん張りがきかない。仁科は調理台に乗り上げる形に、つんのめった。
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