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第36話

  「……っ!」    動きは、かなり制限される。それでも仁科は腕をやみくもに動かし、肘が捉えた箇所をこづいた。命中したのは鳩尾だったようで、戸神がえずくさまが視野をかすめた。 「すまない、手がすべった!」 「じゃじゃ馬を飼い馴らすコツは……」  躾が大事、と双丘に平手打ちを食らった。須臾(しゅゆ)、が浮いたほどの強烈な一撃に、仁科は半回転したのちに調理台につっぷした。  ひゅんと、しなやかな手が(くう)を切る。腰を突き出す形になったところを狙って、つづけざまに打ち叩かれた。  フォアハンドおよびバックハンドの練習をするとばかりに、戸神は一定のペースを保って腕をしならせる。ぽつりぽつりと降りだした雨が、ちょうどメトロノームの役目を果たすようだった。  やがて尻たぶは、濃淡とりどりの手型で彩られた。桜色から緋色までグラデーションを織りなす様子は、錦繍さながら艶やかだ。 「ぅ、くぅ……」  嵐は去ったのか? 仁科は上体を肩で支えながら、恐るおそる顔をあげた。  尻たぶを中心に下肢がじんじんと疼く。明日は職員会議だが、この調子ではへっぴり腰で椅子に腰かけることになり、同僚に怪訝に思われることだろう。  と、腫れぼったい臀部に掌がかぶさった。ほかでもない戸神によって苦痛を味わわされているにもかかわらず、彼の手はひんやりとして気持ちがいい。  そう、炎天下にがぶ飲みするソーダ水にも似た清涼感に肌がすうっとして、痛みがやわらいでいくようだ。  術中に陥るな。仁科は自分にそう言い聞かせると、頭をひと振りした。唇を舐めて湿らせたうえで、努めて穏やかに話しかけた。 「恥ずかしくないのか。暴力で人を支配しようなど卑怯者のやることだ」  戸神は瞳をくるりと回すと、人差し指を振り動かした。 「大人は自分のことは棚にあげて説教をかますのが得意だよな。股の間でぶらぶら揺れてるのを見てみたら?」  股ぐらと、おうむ返しに呟いた。仁科は視線を下げて、目をしばたたいた。  視力が急激に落ちてレンズの度数が合わなくなり、そのためにおかしな像を結ぶのだと思う。  いつの間にかペニスは包皮を脱ぎ去り、頭をもたげている。そればかりか乳首までしこって、さらなる刺激を欲するようだ。

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