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第43話

 雨雲が切れて、陽が射した。校庭から水蒸気がゆらゆらと立ちのぼり、新旧の校舎ともにゆがんで見える。  窓を閉め切ってある調理室は、かなり蒸し暑い。なのに仁科は寒気を覚える。  戸神の顔は逆光に沈み、表情は読み取りづらい。だが前例に鑑みて、すりこぎを陰門に突き入れるくらいのことはやりかねない。  現に、すりこぎが花芯をつつきにきては遠のく。ひと呼吸おいて、もう少し強く押しつけられる。  これの破壊力はリコーダーを遙かに上回るはず。裂傷を負う程度ですめば御の字で、下手をすれば踏みつぶされた熟柿のようにぐじゅぐじゅと崩れてしまうだろう。  血しぶくことがあれば、戸神のことだ。悶え苦しむ仁科を尻目に、さっさと下校するに違いない。  ──本当に流血の惨事か? あそこは柔軟性に富んでいて案外、すりこぎを嬉々として呑み込んでしまうかもしれない。興味はないか? 試してみて損はないぞ……。  戸神がテレパシーで囁きかけてくるように、しきりに焚きつけてくるものがある。透明な糸で両脇から引っぱられているように、いちだんと左右の足が開いていく。  アングルにこだわるカメラマンのように、戸神が一寸刻みに立ち位置を変えるのにともなって、きゅっ、と学校指定の上履きが鳴る。  そのたびに朱唇がわななく。すりこぎを掌にリズミカルに打ちつけるさまが視界に大写しになれば、肋骨を突き破って飛び出してきそうなくらい心臓がバクバクする。  そのくせ喉仏がごくりと上下する。  ほんのりと目縁が赤らむ。そこを振り出しに、北上する桜前線さながら範囲を広がっていき、やがて全身が薄紅(うすくれない)に華やぐ。  教育者にあるまじき、ふしだらさだ。仁科は今さらめいて自己嫌悪に陥り、いっそう小さくなった。  その反面、こんな衝動に駆られる。もしも逆に戸神を誘惑してやったら、この不届き千万な生徒はどんな反応を見せるだろう。  へどもどするなら、可愛げがあるというものだ。  ともあれ、古来より人類はさまざまなものを男根に見立てて、あるときは信仰し、あるときは孤閨(こけい)を慰めてきた。  その伝でいけば形状といい、寸法といい、すりこぎは理想的な淫具だ。

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