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第45話

 戸神は知能犯だ。殊更にいやらしい科白を吐いて言質(げんち)をとられるようなヘマはしない。  本当のところは強制的であっても、表面上は仁科が勝手に欲情した、という図式が成り立つ点が重要なのだ。  戸神流の学習指導要綱に則って〝授業〟を進めていくにあたり、仁科に共犯者意識を植えつける。  仁科が思わず拍子抜けするまでにあっさりと拘束を解いた背景には、そういう意図が隠されていた。  詭弁を弄して、あざとい真似を。仁科は、そう独りごちると眼鏡を外し、かけなおした。  いつの間にか外堀を埋められて、のっぴきならない窮地に立たされている。戸神のシナリオ通りに事が運ぶ。  いくらかペニスがしょげたのを見計らって、戸神はやおら行動を起こした。すりこぎで(おとがい)を掬って仁科を仰のかせると、息がかかるほどの近さに顔を寄せてきた。 「エロい表情(かお)。今度そのツラで教壇に立ってみるんだな。トイレに駆け込む男子が続出で授業は中止だ」  ふくみ笑いを交えて囁いた。それからトロフィーを授与するような恭しい手つきで、すりこぎを仁科に渡した。  そして半歩、退くと腕組みをしてあとは高みの見物としゃれ込む。  受け取ったとたん、すりこぎが鉄柱と化したように感じられて仁科はよろけた。その重みの正体は恐怖心だ。  これで嬲りぬかれると思ったのは、被害妄想にすぎなかったのか。違う。戸神は、仁科がびくびくするさまを眺めて愉しんでいたのだ。  さすがにムッとした。ひと芝居打って戸神の度肝を抜いてやろう、と決めた。深呼吸ひとつ、すりこぎを逆手で摑みなおすと花門にあてがい、そこで戸神の様子を窺った。  針孔(めど)に棍棒を通すような真似をすれば、いくら冷血漢の戸神といえどもあわてて止めにくるだろう。  その予想は外れた。戸神は、お手並み拝見といわんばかりに微動だにしない。  引っ込みがつかなくなった。仁科は、すりこぎを天板に縦に置いたうえで腰を沈めていくふうに姿勢を変えた。  入れたふりをするだけだ。問題児を更生させるには捨て身でぶつかっていくしかない。そう自分に言い聞かせながら、ひとひらギャザーをめくった。

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