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第46話

 そこは当然、乾いている。すりこぎはおろか指一本さえ拒み、無理やり解き伸ばしたギャザーが攣れる。  馬鹿なことをしている、という自覚はあった。だが、教師のプライドと好奇心がない交ぜに仁科を突き動かす。 「ローションを、くれ……」  欠伸で遮られた。 「だから、ローションを……」 「〝課題〟をちゃんとやってきたんだよな。だったら(なか)はほぐれてる。必要ないだろ」    そこで口ごもれば、語るに落ちたも同然だ。といっても、仁科が〝課題〟をサボることは織り込みずみだったはず。  大げさにため息をついてみせたのは、次のステップに進むための布石だ。優秀なハンターであるサメのように、戸神は、仁科をいたぶる機会を逃さない。 「『ケアレスミスがひびいて受験に失敗したら泣くに泣けないからね』。書き取りのテスト用紙を配るときの先生の口癖。もちろん憶えているよな?」  仁科は微かにうなずくと、すりこぎを調理台の上に置いた。一か八かの賭けに負けたうえにペナルティを科す口実を与えてしまうとは、自分の馬鹿さかげんに呆れ返る。  苦笑が浮かぶ。すりこぎを入れるのに挑戦してみよう、などという気まぐれを起こした時点で自ら罠にかかりにいったようなものだ。 「記憶力は人並みにあるくせに、俺が言ったことは都合よく忘れちゃうんだな。貴明のことだからジェルなんか持ち歩いてっこないと思って、わざわざワセリンを買ってきてあげたのに。あぁあ、損こいた」    利子をつけてワセリン代を払う、と強気な態度に出れば戸神もたじろぐかもしれない。一瞬、そう思ったが怒鳴りそびれた。  第一、格が違う。これ以上、戸神の機嫌を損ねたら二倍、三倍になって返ってくるのはわかりきっている。  天井の隅に蜘蛛の巣があり、干からびた昆虫の死骸がへばりついていた。それが仁科の未来を暗示しているようだった。  天板がだんだん自分の体温でぬくもってきて、尻たぶがべたべたするのが気持ち悪い。身じろぎすると、ペニスを握りとられた。

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