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第59話

「やっぱり、おもらししたんだな。タコ糸がべちょべちょだ」 「それは……違う」 「違う? 違うっていうのは、どういう意味で違うんだ」  顔を覗き込まれて、へどもどと眼鏡を押しあげる。多量に分泌されるものとは、戸神曰くガマン汁。  仮に赤裸々に告白すれば、ガマン汁があふれるに至った経緯を事細かに説明するよう求められる。いや、それが目的で戸神は意地悪な質問を投げかけてくるのか。  言いよどんでいる間にも、タコ糸を()り合わせるような指づかいでペニスをしごかれる。  皮膚をスライスされるような痛みが強まる一方で、ぷくり、ぷくりとタンポポの液汁を思わせるものが露を結ぶ。  と、戸神が包丁を握る真似をした。 「イマドキ男子は料理もスキルのひとつの話に戻るけどさ。俺の得意料理はパエリアとお好み焼きなんだ」  仁科は慎重に、且つ曖昧な相槌を打った。唐突に話題を変えるからには、何か裏があるに決まっている。  音楽室での経験を通して少しは学習した。戸神の言動には地雷がたくさん仕かけられていて、うっかり踏んだとたん、えげつないやり方で痛めつけられるのだ。  そう、戸神は腹に一物があるときほど魅力的に見える点が罪作りだ。現にキラキラと輝く瞳に、どうしようもなく目を奪われる。 「両手を出せ」  催眠術にかけられたようにその通りにすれば、腹の前で(いまし)められた。もちろん、校章入りのネクタイを用いて。  心臓が跳ね、全身が火照る。仁科は両手を見つめて、ごくりと唾を呑み込んだ。  たとえば〝仁科〟という材料でシチューをつくるとする。ならば殻割り器で乳首をひしがれたのが野菜の皮をむく段階にあたり、すりこぎをねじ込まれるかもしれないという恐怖を味わわされたのは、肉にスパイスをすり込む過程に相当していたのか。  では口淫は、さしずめ鍋を火にかけるという工程なのか。  いよいよ材料を煮込みはじめる段にこぎ着けて、戸神は今度は何を企んでいる? 「ゆうべ無性にお好み焼きが食べたくなって、深夜営業のスーパーに買い出しに走っちゃったよ。お好み焼きの命は生地。山芋の粉末も売ってるけど、やっぱ、すりおろしが一番」  戸神は、ぶらりとその場を離れた。

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