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第60話
「で、家に山芋の買い置きがあった……と」
調理台のかたわらに置きっぱなしにしてあった通学鞄を持ち上げがてら、振り返った。純真さが漂うものからデモーニッシュなものへと、顔つきが一変していた。
殻割り器をしのぐ奇怪な小道具が登場するのか? どす黒い不安と、淡い期待がせめぎ合って、レンズの奥の双眸が揺らめく。
「ワセリンを無駄にしてくれたお礼に、とびきりいいものを塗ってあげるよ。仰向けに寝転がって、赤ん坊がオムツを替えてもらうみたいなポーズをとるんだ」
にこにこしながら囁きかけてくると、戸神は通学鞄からタッパーを取り出した。
そして芝居がかった手つきで蓋を開けるさいには、某猫型ロボットのモノマネをやってみせた。
「究極の秘密兵器ぃ」
仁科は、作業台にうずくまったきり凍りついた。
秘密兵器だと? 全財産を賭けてもいい。デモンストレーションめかして、右に左にタッパーが傾けられるのにともなって糊状で白っぽい何かがたぷたぷと波打つそれは、恐らくろくでもないシロモノだ。
さらに戸神が、使い捨てのビニール手袋を両手にはめるにおよんでは、不吉な予感に産毛がちりちりと逆立つ。
順番から言えば、陰門が標的にされる可能性が高い。
しかし取り扱うさいに厳重に手を保護する必要があるとは、〝秘密兵器〟と称するものは劇薬なのか……?
「タッパーのそれは……有害物質じゃないだろうな」
「成分はシュウ酸カルシウム。食べるぶんには無害だ。食べるぶんには……ね」
無害、無害と口ずさむように答えると、戸神は調理台の正面に戻った。逃げを打つ仁科を突き転がし、尻餅をつくが早いか足首を摑む。
そのまま手前に引っぱり、縁 から垂れたむこうずねを膝頭で押さえつけておいて、すばやく谷間を暴いた。
返す手でタッパーの蓋を取り去る。割り箸で綿菓子を巻き取る要領で、案外と粘り気がある中身を掬うと、襞を解き伸ばした。
仁科は、ひやっこさに首をすぼめた。
シュウ酸カルシウムという名称におどろおどろしいものを感じて身構えていたのだが、別段、刺激臭がするわけでもない。
ただし、ひとひらずつギャザーめくって蕾のぐるりに満遍なく塗り込められていくにつれて、なんとはなしに中心がむずむずしはじめた。
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