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第61話

 一段落つくと、戸神はそれ以上特になにをするでもなしに何歩か退()がった。  これ幸いと仁科は起き直った。秘密兵器といっても所詮はこけおどしにすぎなくて、案ずるまでもなかったようだ。  動くな、と言われないのをいいことにワイシャツのボタンをはめた。だがペニスを雁字搦めにするタコ糸に関しては、勝手にほどくのはやめておいたほうが賢明だろう。  と、戸神がスマートフォンをいじり、ストップウォッチのアプリを起動した。 「三十秒経過、六十秒……」  淡々と告げられるのにともなって、頭の中でレッドアラームが点滅する間隔が短くなっていく。仁科は、澄まし顔をまじまじと見つめた。逃げよう、と強く思った。  あわてて手首を口許に持っていき、ネクタイに歯を立てて結び目をゆるめにかかった瞬間、 「痒いっ!」  鞭でひと打ちされたように腰をくねらせた。  それを合図に、後孔が猛烈に痒くなってきた。  それは、牡蠣(かき)にあたってジンマシンが出たときの症状に似ていた。仁科は上体をひねり、双丘の間に目を凝らした。  しかし食中毒の原因となるものを食べた憶えはない。第一、昼休みが終わって何時間も経っている。  などと原因を突き止めようにも、痒みがあまりにも強烈で集中力がつづかない。うずくまり、戸神を振り仰ぐ。  (はね)をもがれて地べたを這いずりまわるトンボに向けるような冷淡な目つきに、ぞっとした。  そう、ある程度の自由が利くように、両手をわざわざ前で縛りなおした点をとっても、戸神が奸知(かんち)()けていることを物語っている。  実際、自分で菊座を搔くのは可能だ。  ただし、そのためには仰向けに横たわり、大股開きに膝を立てたうえで腰を浮かせ、それでやっと秘処に手が届く、という段階を踏む必要がある。これは一例だが、あられもない姿をさらさざるをえない以上、戸神の思う壺にはまるのは想像に(かた)くない。 「花粉症のシーズン、しんどそうにしてたもんな。勘が当たった。やっぱり、アレルギー体質なんだ」    ビンゴ、とタッパーにくちづけた。 「何を……いったい何を塗ったんだ」  たった、それだけの問いを発する間にも痒みが強まり、声がうわずる。 「をローションで割って練ったやつ」

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