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第62話

   にっこり笑うと片手を胸にあてがい、姫君にお目通りを許された騎士さながら優雅にお辞儀をしてみせた。無邪気な笑顔に反して、凶暴な光が瞳の奥でちかりと瞬く。  そして〝とろろ〟という単語が仁科の脳みそに浸透した頃合いを見計らって、重々しい口調で付け加えた。 「ちなみに自然薯(じねんじょ)をすりおろしたこいつは、長芋に較べてシュウ酸カルシウムの含有量が段違いに多い」 「食べ物を粗末にして、目がつぶれるぞ」  得意顔を睨み返し、跳ね起きると同時に床に飛び降りようとした。  だが、敏捷に天板に飛び乗ってきた戸神にうつ伏せに押さえ込まれた。そのまま向こう向きに背中に跨ってこられ、尻たぶが割り広げられる。最前にもまして丹念に、とろろが塗りつけられる。 「図に乗るのもいいかげんにしなさい!」  手足をばたつかせて戸神を振り落としにかかったものの、教え子に怪我をさせたら一大事だ、と心理的なブレーキがかかる。  なお悪いことに、馬乗りに組み敷かれたはずみに両手が天板と下腹(したばら)の間に挟み込まれてしまった。  つまり、ネクタイの結び目が穂先をすりあげる位置にきている。  とろろ、という爆弾が仕かけられた状況にあるなかでペニスに刺激が加われば、自分で自分の首を絞めることになる。  なぜならタコ糸の締めつけぐあいがきつくなるのと連動してペニスに熱が集まり、血行がよくなればよくなるほど痒みが増す、という寸法なのだ。  戸神はやることなすことソツがないと、あらためて痛感した。  仁科を袋小路に追い込むためとあらば二段構え、三段構えに罠を仕かける手間を惜しまないとは、むしろ天晴れ。 「ぐ……ぅうう」  痒い、痒い、痒い……搔いて搔いて搔いて、ぼりぼりと搔きむしりたい。だが下手に動けば負のスパイラルにはまり込むとくれば、堪え忍ぶよりほかはない。  仁科は横向きに顔を伏せて、できるだけ躰の力を抜いた。知らず知らずのうちに歯を食いしばるたびに眼鏡のフレームがカタカタと天板にぶつかり、耳障りだ。  身内を苛む痒さと相まって、神経がささくれ立つ。

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