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第63話

 くちゅ、と指が浅く沈み、背筋が凍った。を内側にも塗られたら、どうにかなってしまう。  仁科は今さらめいて、もがいた。もっとも戸神が背中にどっかりと座り、彼の足が胴体と上肢をひとまとめに挟みつけてくるとあって、頭を振り向けるのがやっとだ。 「やめろ、やめなさい、やめてくれ」 「それ、聞き飽きた。国語の先生のくせしてボキャブラリーが貧困だったりしない?」    がばっと花びらが押し広げられた。時を移さず、透明な手袋でガードされた手が視界をよぎった。それの指先は、とろろにまみれて白っぽい。  花芯は恐らくかぶれて赤くなっているところに、とろろがこびりついて奇怪なモザイク模様を描いていることだろう。  仁科がジタバタしている間も、左官屋の(こて)のように指は規則正しく蠢く。  仁科に見て確かめる術はないが、後孔がサイケデリックに彩られたころ、唐突に背中の重みが遠のいた。戸神が腰を浮かせた隙に、彼の下から這い出そうとすれば、それも罠だ。 「動いて、俺の傑作を台なしにしかけた罰」 「っ、う、うう……」  尻たぶに平手打ちがみまわれた。続けざまに数発。じわりと熱が広がり、もちろんそれは、とろろの効果を最大限に引き出す狙いがあってのことだ。  いつしか本降りになった。雨垂れが軒を打つ音が、猛烈な痒みが一定の周期で襲ってくるのとシンクロするなかで、戸神が問わず語りに話しはじめた。 「道路を造るのに囚人を投入して何人も死なせたりとか、北海道開拓史のこぼれ話ってのがヤバくてさ。内地? 本州? で仕事にあぶれた人間をもうけ話で騙して北海道につれてって、タコ部屋ってのに押し込んで、こき使ったんだって。もちろん過労死、サービス残業なんでもあり」  仁科は上の空で相槌を打った。ためしに搔いてくれと頼めば、戸神はきょとんとしてみせるだろう。  搔く? どこを? ──と。 「で、タコ部屋から脱走した作業員を捕まえたら見せしめにどうしたと思う?」  なぞなぞはどうでもいいから、搔いてくれ。 「やぶ蚊の大群と一緒に袋詰めにしちゃったんだってさ。想像してよ。爪の間から目玉まで全身、蚊がたかってるとこ。キモいぃ」

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