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第64話

   手型が鮮やかな尻たぶをひと撫ですると、大げさに身を震わせた。 「蚊に刺されまくって狂い死にって、嫌な死に方だよなあ。人類の歴史は即ち拷問の歴史である──なぁんてね」    などと、ぺろりと舌を出して話を締めくくった。 「博識ぶりを……褒めてほしいのか」  仁科は精いっぱい皮肉った。頭の中は〝痒い〟一色で、まともにものを考えられないばかりか、身じろぎするのさえ谷間に響く。  ただ、こう思う。開拓史に想を得て、粘膜から直接、とろろを吸収させるという方法を思いつくなんて戸神は悪魔の申し子さながらの策士だ。  仁科は血がにじむほど強く唇を嚙みしめた。花粉症の時期がそうだが、痒みのピークにあるときに患部を搔けば、かえって悪化するのが常。天板にしがみついて、搔きたいという衝動と必死に闘う。  だから、まったくの無意識のうちに腰を揺するさまは、すこぶるつきに官能的だった。  秘処は単に痒いという次元を通り越して煮えたぎるようで、とろろをぬぐい取ってもらうのとひきかえに命じられれば、ひと晩じゅう戸神をしゃぶりつづけることすら厭わない。  それどころか、のちのちまでの語り草となるような恥知らずな真似でもやってのけるだろう。  だが、戸神はこういうときに限ってだんまりを決め込む。  細腰が、次第に大きな弧を描くようにくねりだす。朱唇が開き、悲痛な叫び声がほとばしった。 「痒い、痒い、どうにかしてくれ……!」  一笑に付された。 「後生だ……と、とろろを洗い流したい……水を、水を汲んできてくれないか」  ヒットソングをハミングしながら手袋を外してたたむのが、哀訴への答えだった。  戸神は、ぴょんと床に飛び降りた。それから隣の調理台に席を移すと通学鞄を開いた。 「お願いだ……水を……助けると思って、水を……」  哀願も建設現場の掘削音も同じく騒音、といいたげだ。さもうるさげに顔をしかめると、課題のプリントをやりはじめた。

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