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第66話
「俺たちの世代は、ふた言目にはこう言われて育った。〝自己責任〟。水がほしけりゃ自分で汲みにいきなよ」
ケンもホロロにあしらう一方で笑みを深めると、とろろの残りをシンクにぶちまけた。後始末はよろしく、と投げキッスをよこした足で戸口に向かう。
とりつく島もない後ろ姿と、ネクタイで縛められた手首。それから、タコ糸という飾りつけがほどこされてオプジェと化したようなペニス。
それらを順ぐりに見やって仁科は蒼ざめた。
立ったり座ったりすることすらままならない状態で、自力で拘束を解けと言うのか? 自己責任をエクスキューズにイチ抜けたをするとは、無情だ。
本腰を入れてネクタイの結び目を歯でこそげはじめたものの、鋏で切り離さなければ無理、というレベルまで固く締まっている。第一……、
戸神が引き戸の鍵を開けしな、ふと思いついたように振り返った。
「プールの隣にシャワールームがある。あそこに行って洗えばいいだろ。ただし……」
白い歯がこぼれた。
「フルチンでグラウンドを突っ切る勇気があればの話だけど?」
仁科のスラックスと下着はキャビネットの中で、それの鍵は戸神が持っている。
がらり、と引き戸が開いた。
「『ケ……マ……』」
学校指定の上履きが、レールを跨いだ。
「『ケツマン……』」
仁科はうなだれ、唇を嚙みしめた。
アイデンティティを粉砕することに仁科を玩弄する目的があるのか。だとしたら戸神の目論見は九分通り成功したといえる。
いや、手を替え品を替えという、やたらとバラエティに富んだこれまでのやり方からいって、あっけらかんと言ってのけそうだ。
暇つぶしにちょうどいいんだ、先生で遊ぶのは──と。
「『ケツ……ンコ』を」
しつこいな。そう面罵されるより胸にぐさりとくるする舌打ちが轟いた。
「『ケツマ……指を……』
うんざりだ、というニュアンスが込められた、ため息が空気を震わせた。仁科を焦らすためにわざとそうしていることが一目瞭然の緩慢さでもって、戸神が首 をめぐらせた。
その時々の役柄に応じていくつもの仮面をかぶり分ける生徒は、今回は無邪気な顔つきで戸枠に寄りかかった。
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