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第67話

「ケツ、ケツって何が言いたいわけ?」  仁科は口ごもり、汗ばんだ掌をよじり合わせた。ほつれたタコ糸がペニスにへばりついているさまは新種のガマの穂のようで、みっともない云々という以前にシュールだ。  くやしい、恥ずかしい、ひと回りも年下の生徒に手玉にとられる自分が情けない。  胸中で渦を巻く思いは、百万言を費やしても到底言い表わせっこない。格調高い古典文学をこよなく愛する自分に、下劣な科白を言えと迫る。  戸神翔真に殺意さえ抱いた。  と、内臓が焼けただれるような痒みがぶり返してプライドを打ち砕く。 「『ケ……マ……コ』」 「嫌われる教師の代表例が、ぼそぼそしゃべるやつ。だって何を言ってるのかわからなくてイラつく……そうか!」  ぱちん、と指が鳴らされた。すくみあがったところに、戸神が内証話めかして囁きかけてきた。 「貴明は、とろろを塗り足してほしいんだろ。タッパーにちょこっと残ってるのをかき集めたげるから、這いつくばって腰をあげな」  仁科は猛然とかぶりを振った。あと一グラムでもとろろを塗りつけられた瞬間、一巻の終わり。  半狂乱になって、尻からげのとんでもない恰好でシャワールームに駆け込んでいくだろう。  まだ学校に残っている生徒がその模様を激写して、友だちから友だちへと画像を転送するはず。  かくしてシャワーを浴びて人心地がつくころには全校生徒に知れ渡っている。仁科貴明教諭乱心、ニンゲン終わった──と。  仁科は拳を握って深呼吸をした。 「『ケツ……マン……コ……』」 「滑舌が悪いなあ。一音一音はっきりと、もういっぺん」  そう、こき下ろすと渋面をつくり、人差し指を左右に振りながらチッチッと舌を鳴らした。それから調理台に尻をひっかけると、丸めたノートを振ってキューを出す。  案の定、要求は厳しい。仁科はうるさ型の演出家にダメを出される役者よろしく、 「じゃあ、美少女アニメの『お兄ちゃん』な感じで」  甘ったれたふうに、あるいはぶっきらぼうに、はたまた語尾をねっとりと伸ばして、十数通りもの『ケツマンコ』を口にした。

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