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第69話
「属性マジメキャラの仁科先生の『ケツマンコ』。ギャップがすごくて傑作で、聞きごたえ十分だったな。授業中に居眠りこいてるやつの耳許で囁いてやりなよ。一発で飛び起きるね」
「言えと焚きつけたのは戸神、きみだ」
「責任転嫁は見苦しいよ」
ウインクでいなされた。仁科は舌打ちをしたいのをこらえて、うつむいた。
ああ言えばこう言うとはまさしく戸神のことで、年の功を味方につけてもとうてい太刀打ちできない。
と、床が軋めいた。戸神がついと腰をかがめて、顎に指を添えてきた。
「『スマホでゲームもいいが、古今東西の名作に親しんで想像力を養うことは現国の成績アップにつながるだけではなく心の糧となるものが得られる』──とかって説教を垂れる本人がいちばん想像力が欠如してる」
ネクタイが、ほどかれた。
「いちいち『ああしろ、こうしろ』って言わなきゃダメなわけ?」
ネクタイが手首の間で十文字を描くふうに、くくりなおされた。ただし今度は力任せに両手を開けば、外れる程度のゆるさに加減されている。
今さら、先生の意思を尊重する、とでも言うつもりなのか。あくどい、と呟いて仁科はネクタイを見つめた。
毅然と立ち去って戸神にひと泡吹かせるもよし。もてあそばれると承知の上でこの場に留まるもよし。
どちらを選んでもメリット、デメリットがある、二者択一だ。
本音を言えば、免罪符を与えられるのは悪くない条件だ。後者を選んだ場合でも大義名分が立つ。
即ち、逃げたいのは山々でも縛られていたために思うに任せなかった──と。
胸の内などお見通し、と言いたげに戸神がにんまりした。新しい手袋をはめると、甘い毒を含んだ声でぼやいてみせた。
「居残り当番……よりによって担任の躰のメンテをさせられて、ツイてないの」
仁科はいちど目をつぶると、期待と不安が交錯して震える足を励まして立ち上がった。
アイコンタクトで指示されたとおり、調理台のほうを向いて立つ。
天板に両手をつくと、前かがみになって腰を突き出した。
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