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第74話

「実は予備があったんだな」  口まねによるドラムロールを交えて、通学鞄の中からタッパーが出現した。  もちろん中身はローションで溶いたとろろで、ギャザーから内壁に至るまでべったりと塗りつけられる。 「いやだ、いやだ……ぅ、ああっ!」  まさしく燎原の火。これまでさんざん苦しめられてきた痒みは今や(さね)にまで牙をむき、無間地獄に落とされたように仁科を際限なく苛む。  ところがペニスは生き生きと跳ねて、なのにタコ糸に封じられて崩落を迎えられない。  いなされては高められるというパターンが執拗に繰り返されるうちに、蜜は煮詰めたようにとろみを増す。  全身が火柱と化したような壮絶な痒みに、極めるに極められない切なさが加わって、内壁は腹立ちまぎれのようにかえって指をぱくつく。 「……ぐ、ん、ああ……ん、んんん」 「搔くのを手伝ってあげてるのにケツが揺れまくるせいで搔きにくい。少しは、おとなしくしていられないのかなあ」  耳許でため息をつかれて目をしばたたいた。そうだ、と仁科はうなずいた。  広義に解釈すれば、これは立派な医療行為。両手の自由が利かない身ではうまく搔けないから、教え子に協力を要請したのだ。理に適っているじゃないか。  痒さと淫欲の相乗効果で脳みそが蕩けかかっている状態では、難しいことなんか考えられっこない。  天板にうつ伏せて腰を掲げるという姿勢を必死に保ち、ただ、ひたすら指を食いしめる。  自己欺瞞に走って教師失格だと、わずかに残る理性は手厳しい。  淫楽の虜と化した人格は、こう言い返す。痒いんだ、ほっといてくれ──。  と、顎を掬われて、くいと後ろを向かされたところに囁かれた。 「献身的に尽くして、俺って健気だろ?」  仁科は、はんなりと微笑(わら)った。戸神の指はしなやかで、内壁という鍵盤の上を軽やかに動き回って、消炎剤なんかよりよほど痒みに効く。  ただし長さに限度があるのが難点で、指の(おとな)いを待ちわびる奥が、もどかしげにざわめく。

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