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第91話
奥の手を出すときに備えて、戸神はここ数日間、禁欲生活を送っていたに違いない。
粘度および濃度が桁外れに高くて、しかも大量の精液が額に浴びせかけられた。それは鼻の付け根で枝分かれをすると、先を争って左右の頬をつたい落ちる。
そのうちの何滴かが口の端に達し、無意識のうちに舐めた。まずい、と仁科は呆然と呟いた。
何が顔に命中した? 栗の花に似た匂いに頭がくらくらして、考えがまとまらない。
徐々に頭が働きだすにつれて、へなへなと躰の力が抜けていった。
精が放たれたということは、これで終了ということなのか? 人に期待を抱かせるだけ抱かせておいて、あとはご随意に……なのか?
「ベタすぎて感動は薄いけど男のたしなみで、いっぺんくらいは顔射を試してみたかったんだよな」
戸神は白い歯をこぼすと、哀れにもつややかに輝く頬に自身を押し当てた。
靴底の泥を玄関マットでこそげ落とす要領で残滓を塗りたくりながら、その模様を逐一スマートフォンで撮影する。
白濁が目にしみる。眼科に駆け込むことになるかもしれない、と頭の隅でちらりと考えたが、仁科は意識的にまばたきをして涙で洗い流すどころか、幹が執拗に頬を行きつ戻りつするさまを横目で追いかけつづけた。
あまつさえ硬度を保つそれが口角をかすめると、露骨に喉が鳴る。
先日、スパルタ式に手ほどきを受けた〝おそうじフェラ〟。あれの復習と洒落込むには絶好の機会だ。
そうだ、十代の男子は回復力が優れている。延長戦にもつれ込む展開にもっていけば、今度こそトドメを刺してもらえるかもしれない。
第一、情痴に溺れ尽くすのがセックスの醍醐味なのだ──。
自己防衛本能の働きによって、恥辱に満ちた一連の出来事が、甘美なものへと書き換えられる。
アクが強いと感じた精液が、にわかにヴィンテージワインに匹敵するほどの芳醇さをたたえる。仁科は舌を伸ばせるだけ伸ばして舐めとるはしから、舌鼓を打った。
だって……うっとりと微笑んだ。せっかくの美酒だ、味わわなきゃ損だ。
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