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第94話
丸一昼夜にわたって嬲られていた気がするが、実際には小一時間程度だ。だが調理室に足を踏み入れる前と後では、心境に大いに変化があった。
さしずめ人体を構成するおよそ三十七兆個の細胞がすべて生まれ変わったように、なんとはなしに清々しい。
両親向けのもの、友人に対するもの。教師をはじめとする周囲の大人たちに好印象を与えるもの。
擬態名人の戸神はその時々にふさわしい仮面をかぶり分けて、快活な男子高校生になりすます。
しかし仁科に対しては素 の顔をさらけ出す。ある意味、一蓮托生ともいえる間柄にあることを誇らしいと思う仁科が、確実に存在する。
ともあれタコ糸をほどかないことには下着さえ穿けない。
瘤 と化した結び目に手こずり、爪を痛めながらほどき終えてみれば、ペニスは細かい溝に沿ってシロップを流し込んだオブジェ、といったありさまと化していた。
「ひどい……ザマだな……」
噴き出した。ワイシャツは汗じみていやらしいシミがつき、靴下は埃まみれ。乳首は腫れぼったくて、秘処も同様。
股関節は軋むわ、平手打ちをみまわれた尻たぶはひりひりするわ、とエロ教師ぶりもここに極まれりといった様相に我ながら呆れる。
顔を洗うまでのつなぎに、とボディシートを置いていったのは、戸神なりに心づかいを示したつもりなのか。
まがりなりにも身づくろいをすませて、ゴミをひとまとめにしたところで精も根も尽き果てた。
それでなくとも放ちそこねた精液が、石膏状に管 をふさいでいるように下腹部が重苦しい。丸椅子に崩れ落ちた。雨音が高まるなか、のろのろと眼鏡のレンズを磨き、ぼんやりと雨音を聞いていると、新着メールのアイコンが光った。
サブジェクトは〝本日の総括〟。
戸神か、と顔をしかめるのとは裏腹に胸がときめく。メールを開くと、その文面に別の意味で心臓が跳ねた。
〝子守唄にどうぞ〟。
嫌な予感がした。恐るおそる添付されてきた音声ファイルを開いたせつな、驚愕のあまり椅子ごとひっくり返りそうになった。
その反面、はにかむように頬が赤く染まる。ノイズ雑じりに耳朶を打ったものは、仁科自身の声だったのだ。
よりによって「ケツマンコ」のオンパレード……。
両の肘を天板についた。掌を上に向けた中に顔を埋める。
バリエーションに富んだ「ケツマンコ」が空気を震わせるたびに、ぎゅっと目をつぶる。あの、ひねこびた生徒は、どこまで人を愚弄すれば気がすむのだろう。
だが、こう思うと瞳がとろりと潤む。サカりのついたメス猫さながら、ひと回りも年下の生徒を相手に「ケツマンコ」と連呼するとは、おれは救いがたい好き者だ……。
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