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樂塵煙、泥酔の友に辟易す

「んにゃむにゃ~してるのでするか?」 そんな声が遠くに聞こえる。 だが、不思議なことに間延びしたその声には何故か覚えがあった。 『本日は収入がごじゃりまして、少し贅沢なのでするよ~』なんて話しながら、ルンルンと踊る塵煙を前にして、紏鶆は『そんなに臨時収入があるのなら、この前もその前にも貸したお金を少しでもいいから返してほしい』と、どうしても思わずにはいられない。 それでなくても、故郷に給金の半分以上を仕送っているせいで、自身の生活はほぼカツカツだというのに・・・。 それを知ってか知らずか、奇人変人としか言いようのないこの不思議な友は、ふらりと紏鶆の元を訪れては、こうやって酒に誘い他愛もない話をして上機嫌で帰っていく。 そんな調子で本日も、紏鶆の元を訪れた塵煙だったが、どうにも今日は分が悪かった。 他国から変装して入ってきた盗賊や山賊、海賊といった様々な集団がちらほら姿を現すせいで、どうしても人手が足りなくなってしまい、首切り役人を務める紏鶆達の方にまで縛の命が下ってからもう十四もの日が過ぎてしまったのだ。 『捕縛』 一言で言うならば現場へと急行し、犯人を追いかけ、追い詰め、縄で縛って役所まで連れて行く。 この一連の行動を指すわけだが、簡単なように見えてこれがなかなか難しい。 数名で隊列を組み、あらゆるところに潜んでは、略奪・暴行・村焼き等の現場を確認したうえで「総員!かかれぇーい!!」という部隊長の命により、一目散に逃げる犯人をひたすら追いかけるのである。 朝夕問わず、てってれてってれと逃げる犯人を追いかけては、縄で縛り腕に枷を取り付け、気絶させた後に檻付きの馬車に乗せて輸送する。 必死に逃げる犯人を追うその光景は、まさに鼠を追いかけて走る猫のようだ。 そんな日常に加えて、毎日のように来る処刑通知に目を通し、ちゃっちゃと鉞(マサカリ・エツともいう。鼠国使用のギロチン式処刑道具)で首を落とし、帰宅後にまた走るという生活を送っていたので、疲れと苛立ちが最高潮に達していても無理はない。 その姿はまるで、フウフウと毛を逆立てて唸る猫に物凄く似ており、それに加えて同じ生活を送る同僚たちも同じように気が立っているようで、少しでも空き時間が出来れば鍛錬所に向かい憂さを晴らし、囲碁を取り出しては賭け事に興じたりとなかなか充実?した毎日を送っていた。 それは刑部で黙々と刃を研いでは恍惚の表情を浮かべる紏鶆とて同じだった。 そんな事だとは思いもしなかったこの風変わりな友人は、臨時収入がたんまりと入った財布を手に紏鶆の元を訪れたのである。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・にひゃはあ~・・だぁかぁらぁああっ」 「・・・・嗚呼。失敗した・・」 もうかれこれ二時間以上もの間、塵煙の袖を掴んだまま、くだを巻き、巻いているうちに泣き出したかと思いきや、号泣しながらこれっぽっちの杯では足りないと、壺に入ったままの酒に頭を突っ込んでゴクゴク飲み干し、トンチャカトンチャカと箸で卓を叩くという謎行為を繰り返している傍迷惑な友を前にして、塵煙は口をへの字に曲げながら眉間に皺を寄せていた。 この店に入ってから、もうどのくらいそうしていたのだろうか。 鼠国の城下町から少し離れた賑やかな通りに酒と排骨(パイグー)(骨付きバラ肉(豚肉が多い)に衣をつけて揚げたもの)が美味い店があると聞き、これ幸いと足を運んだまでは良いものの・・・。排骨どころか、注文したほぼ全ての料理を紏鶆に奪われ、酒は壺ごと持っていかれてしまい、塵煙の腹はというと始終グルギュル鳴りっぱなしなのである。 『大食らいめ・・・』 眉間に皺をビキビキと浮かせながら紏鶆に視線を向ければ、彼は幸せそうな表情で卓にだらりと張り付いてしまっているではないか。 「・・・寝てはいけませぬよ?」 そう話しながら、塵煙が紏鶆の頬をツンツンと突いてみれば「んにゃむぅ~」と、口をモゴモゴさせながら瞳を閉じる彼の顔が見えた。 幸せそうに眠るのは構わない。しかし・・。 「・・・はぁ・・もうそれくらいになされませ」 「むふぅ・・まだぁのむぅ~のみますぅ」 「いやもう酒壺は空でするから・・もういけませぬよ」 「飲むぅ~・・飲むのぉ~・・店主ぅ~」 「・・・・・」 これどうするの?と言いたげな店主と瞳がかち合う。 前払い制の店で助かった。 これが後払いなら何日もこの店で働かねばならなくなる。 紏鶆が・・と思いつつも、卓上にでんと積み重ねられた皿に視線が向かわずにはいられない。

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