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「さささ。どぞどぞでするよ~」 「・・・・・」 「・・・それとも・・」 「?」 「俺の酒は飲めそうにないか?」 喉の奥が震えるような低い声に、紏鶆の瞳が大きくなる。 「!?」 「・・ん?」 塵煙がちらりと金色に伸びた前髪をかき上げる。とそこに隠されていたように光る赤い瞳が見えた。 その瞳に怠そうな息を吐きながら、紏鶆はしぶしぶといった様子で杯を塵煙の前に出したのである。 「・・・・一杯だけですよ」 「そう来なくては」 瓶子に注いだ酒を前にして、まずは一杯と互いに酒を盃に注いだのであった。 そしてこれである。 「・・・・・・・・・」 頬を赤く染めながら、だらりと伸びている友人を何とかせねばと止めているうちに客は皆帰宅してしまったらしく、気が付けば店の中はしんと静まり返っている。 もうそんな時間かと立ち上った塵煙に抱き着くように、紏鶆が間延びした声で「待って下さいよお~」と叫びながらべっとりと張り付き始めた。 「ちょっ・・」 「まだいるぅ~ですぅ~」 ベタベタとまとわりつく紏鶆の表情は、どこから見ても幸せそうである。 しかし、塵煙はと言うとけしてそうではなかったようで・・・。 『お前は蛇かっ!?』 「もう・・ちょっ・・重い!邪魔!」 と言いながら何とか紏鶆蛇を引きはがそうと力を込めてみるものの、べったりと絡みついた紏鶆はなかなか外れそうもない。 「待ってよぉ~」 「・・・・・」 「おい兄ちゃん」 「はへ?」 「お前、何も食ってねえだろう?弁当用意してやるから、ちょっと待ってな」 塵煙は店主のその温かい気づかいに、無意識に涙が出そうになった。 考えてみれば、この店に入って何も口にしていない。 酒はというと、自分の杯に注いだ分を飲もうとしたら横から腕が伸びてきて、紏鶆に飲まれてしまった。料理もそうだ。 これでもかと幸せそうな表情でガツガツと食べるその姿に唖然としているうちに、全ての品が綺麗に彼の胃袋の中におさまってしまい、塵煙は手にした箸を何度卓に落としたか分からない。 そんな時間を過ごしてきた彼に告げた店主のその言葉は、一瞬にして塵煙の涙を誘った。 けれど、塵煙は潤む瞳をそのままに店主に視線を向けると 「店主どのぉ・・何とお優しいそのお言葉・・痛み入りまする。けれども、友人がこのような感じですので、今回はその温かいお気持ちだけ頂いておきます故、どうかお気遣いなく」 そう話して深々と頭を下げた。 「そうかい・・でも兄ちゃん、腹減ってんじゃねえのかい?」 「ええ。空いております。これでもかという程に空いております。ペコペコです。ですが、今ここで店主殿が下さった貴重な弁当を受け取ったとしても、恐らく全てこの酔っぱらいに食われてしまうでしょう。ですから、今回はそのお気持ちだけで・・。目が覚めましたら、店を騒がせた詫びとして、こやつに店の手伝いに行かせます故、お好きに使ってくださりませ」 「いや、悪いけど遠慮しとくよ」 「そうでするか?」 「ああ。その兄ちゃん。刑部の役人だろ?」 「はぁ」 「今、刑部って凄い忙しいって言うじゃねえの。この辺も役人が走ってるしな」 「ああ、言われてみれば確かに。して理由は何です?」 「知らねえのか」 「生憎、私はこの土地の者ではないのでするよ」 「そうか・・いやな、最近隣国などの治安が悪くなってきてるみてぇでよ、他国から焼け出された者たちが集まって作った賊が、この国にも結構入ってきてるんだと。その証拠に、夜になったら女子供は外を歩かねえだろう?あちこち役人が立ってるし」 「ああ。確かに言われてみれば・・」 やたら警備が厳重だと思ってはいたが・・と、そんなことを考えつつも店主に視線を向けた彼は、ニコニコと微笑みながら泥酔した友をよっこらせと背中に担いだ。 「大丈夫かい?あんた、腕が片方しかねえじゃねえか」 「ああ。どうかお気遣いなく、慣れております故」 長い袖をヒラヒラとさせながら、店主に「また来ます」と別れを告げて外に出る。 少し肌寒い風が塵煙の頬を撫でた。 「・・はぁ~・・・」 店主の話ではないけれど、確かに言われてみれば月もおぼろげに見える宵の口とは言え、飲んで帰宅するには丁度良い時間である。 その時間にも関わらず、道を歩くのは男ばかりで女性や子供の姿はどこにも見えない。 時折、自分たちの横を鼠国の警備の兵がうろうろと歩いていく光景を黙って眺めながら、『店主の言う通り、以前に比べるとここはあまり治安が良いとは言えないな』とふと思った。 鼠の国は他国の中でも交易が盛んで様々な品が運ばれてくる。 その荷を狙って来る賊もいれば、適当な村を襲って食糧や馬、女といった戦利品を根こそぎ奪って楽しむ輩もいるにはいるだろう。 事実、塵煙のいる龍国も武器を作る武器職人の殆どは他国から来た賊の集まりだし、彼らの持つ数多くの情報網のおかげで円滑に動いている案件もいくつかあるにはあるから、一概に悪いとは言えない点が複雑ではあるが。 それにしても・・重い。この重さ、何とかならないのだろうか・・それに念のためにと宿を取っておいて正解だった。 牀は取られるだろうが、床に転がして起きて騒がれるよりもずっと良い。 そんな事をつらつらと考えながら、彼は紏鶆を背負って宿へと向かったのである。 「・・・ハァ・・重かった。・・まったく・・」 宿について二階の借りた部屋へと急いだ彼は、部屋に着くなり寝台の代わりにと設置されている牀に紏鶆を、とりあえず寝かせることにした。 「服はまぁ・・良いだろう・・そのままで」 布団を被せて一息つくと、彼はスタスタと窓に近づいてその窓を開けた。

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