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塵煙。窓際にて語らい想う事ありて

「・・ああ。良い風だ。悪くない」 部屋には澄み切った夜の風が静かに部屋へと入って来る。 その風を堪能するように窓際に立っていた彼は、自身に近づいては離れる黒い影を見つけると、軽く手招きをして呼び止めた。 「お呼びですか?塵煙さん」 「ああ。すまんな。キョン子」 「いえいえ~。塵煙様のお呼出しとあらばいつでも~」 夜中になりますが・・と言いながら、額と袍に黄色いお札を張り付けた小柄な青年が、よいしょと声をかけながら窓枠をよじ登り部屋へと入って来る。 彼の名前はキョン子。 半月ほど前に殭屍退治を頼まれて足を運んだその地にて出会った殭屍だ。 満月の日に限って飛んでくる数多くの殭屍の性格が狂暴すぎて、噛まれる民が続出し、とうとう道士も匙を投げてしまった。 その殭屍退治をしてくれませんかと何故か僧侶である塵煙の元に隣町の寺の面々がやってきて何度も頭を下げるものだから、とうとう折れてしまい仕方なく重い腰を上げると絵筆と呪符を片手にその地へ赴いたのである。 その殭屍退治の際に出会ったのが、このキョン子だった。 本来、殭屍というのは場所にもよるが出稼ぎなどで地を離れた労働者が亡くなった際、その場で荼毘に伏すはずが、様々な理由で放置され、そのまま姿を変えて殭屍という妖怪へと転じた者のことを言う。諸説ある。 その殭屍達を束ねて一列に並ばせ、行進させながら遺体を運ぶというのが道士の主な仕事である。 勿論、諸説ある。強調しよう。諸説ある。 皆一律に死人の衣と死化粧を施した彼らが妖怪となり、普通に動いているとはいえ、死臭もする死人であることに変わりはなく、また道士もそんな彼らを束ねて移動するために殭屍達を操らなければならなくなる。 真夜中の満月の夜には特に彼らは狂暴化するため、そうなった場合の対処も考えなくてはならない。 そのために道士は何枚もの呪符を用意し、殭屍に貼りつけ言う事を聞かせるのである。 死後硬直しているのであるから当然、肉体は硬いままだ。 そんな彼らは道士の術によって大人しくなり、その腕をまっすぐ伸ばしピョンピョン跳ねながら自分の故郷へと帰るのである。 それで肝心の塵煙はというと、彼はもともと僧侶である。 彼自身が凄いというよりは彼の師匠である僧侶が強かった。ただそれだけの話だ。 勿論、塵煙自身も幼少時より師匠に習い、法力や妖術を用いては襲い掛かる妖怪を吹き飛ばし駆逐してきた。 その噂が広まって今回、荒ぶる殭屍を退治してほしいと依頼が来たのだ。 そして、彼は自身の武器である一本の絵筆のみを手に殭屍退治へと向かったのである。 眼前に立つ殭屍は、どれも埋葬時の装飾を施されておらず、亡くなった時のそのままの衣が何処か痛々しい。 袍の袖は短く千切れ、視力を失った瞳はそのまま、長く伸びた爪と牙のみが目立つ殭屍がわらわらと登場する度に、塵煙は表情一つ変える事なく、自身の血を浸した絵筆の鞭で殭屍をビシバシと打ち、怯んだ隙にベタベタと呪符を貼りつけていった。 呪符をまとめて貼りつけては法力を用いて溶かす。その度に肉の焦げる臭いだけが充満していく。 そんな中、他の荒々しい殭屍に交じって、生まれた小鹿の如く足をブルブルさせたかと思うと、半泣き状態の顔を惜しげもなく晒し、ピョンピョン飛び跳ねて必死に逃げ惑う。 そんな小柄な殭屍の姿を初めて目にした瞬間、塵煙はずっこけそうになってしまった。 「なんじゃこの殭屍・・」 「いや~!来ないでくださいっ!食べますよ!い・・いいんですか!」 「食えるものなら食うてみろ」 「ひっ・・!」 ワタワタと慌てながら、その殭屍は落ちた木片を手に取り、それを両手で構えながら後ずさっている。 彼自身は構えているつもりなのだろうが、腰が引けて今にも後ろに倒れていきそうだ。

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