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確かに言われるまで気が付かなかったが、服は半分以上焦げていて、千切れてボロボロだ。 靴も焦げてしまったまま殭屍になってしまったので、もう長い間履いていない。 「・・・いいな。逃げるなよ」 塵煙の声に、軽く頷くと彼は再度平伏した。 「もう行け、この陽はお前には猛毒だ」 「・・・ごめんなさい・・」 塵煙に深々と頭を下げると、彼はまた腕を伸ばしピョンピョンと飛び跳ねながら、どこかへ消えて行ってしまった。 「・・・・・硬直していないところを見ると、あやつ・・・未練がなかったのか・・それはそれで、なんと・・悲しいことか」 呟いた塵煙の声は、足元を吹く風によって去って行ってしまった。 それから、彼は鼠国の市場で新しい児童用の袍と靴を購入すると、今度は蝙蝠族の力を借りて霊験あらたかな山が連なる猪国まで運んでもらうことにしたのだった。 「こんなことするの、お前くらいなものだぞ」 塵煙を抱えて飛ぶ紅絇(こうく)の口が笑っている。 その声に反応を返さないまま、塵煙は自身が抱える包みに視線を向けていた。 その後、猪国の軌山(きざん) と呼ばれる一際高い山の頂上に降り立った二匹は、山に湧く霊水を桶に汲むと、袍と襦(ズボンのようなもの)靴を浸しはじめた。 漬けて一刻が経過したころ、塵煙は上体を屈めて小刀を取り出すと自身の首を軽く切り、流れた血液を浸した衣服の中へ注いでいった。 桶の中をじんわりと赤い血液が落ちて広がっていく。 「・・・・・・・・・」 後ろに立つ紅絇は何も答えない。ただ、塵煙のする行動を黙って眺めている。 塵煙は懐から小さな袋を取り出すと、それを開けて今度は白い欠片を取り出した。 「それは?」 「取れた俺の義手の一部だ」 「何に使う?」 「気になるか?」 「気にならんと言えば嘘になるな」 「まぁ黙って見ていろ、今に分かる」 そう話すと彼は何も書かれていない札を取り出し、絵筆の先を血水に浸すと、その水で何やら呪符のような文字を書き始めた。 その札の上に白い欠片を乗せ、再度、懐から皮の筒を取り出し、蓋を開けるとそれを軽く揺らし、その水を白い欠片の上に二滴ほど垂らしている。 「触るなよ。うつるぞ」 「?」 「中に蟲毒が入ってる。蟲毒とメイロウの髪を一本貰ってきた」 「何?こ・・まさか・・」 「そうだ。そのまさかだな。棗鵺(そうや)の体液だ」 「おまっ・・棗鵺って・・奴は駄目だろう!奴の体液は蟲毒で出来てるんだぞ」 紅絇の声に、軽くため息を吐きながら 「まぁ、正しく言えば違うな。水泡族の水はもともと澄みきっている。霊水にも似た輝きを放っていたが、奴の場合はもともと体のどこかを病んでいたんだろう。お前、奴が寵姫(ちょうき)を襲った事件を覚えているか?」 「あ?ああ・・確か失敗して自害したと」 「自害するその毒は、奴が自分で造ったものだ」 「?」 「あいつは、恐らく・・」 そうまで話すと、塵煙はそれっきり黙ってしまった。 寵姫が数年前に引き起こした反乱は王宮にいた全ての者を一人残らず抹殺することで終了している。 それはもう虐殺としか言いようのないもので、血を浴びてそれでも休むことなく斬り捨てて走る姿は、確かに鬼と呼ばれても仕方のないものだったろう。 当時、文官だった棗鵺は、丁度北部へ偵察に向かっていて、王宮にはいなかった。 同じように王宮で役人を務めていた彼の兄妹が、寵姫の剣により亡くなったという現実を突きつけられた彼の胸中はいかほどなのか・・想像するだけで後味が悪い。

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