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「お前、あの時、先代の王の軍に加担していたのだったな」 「ああ。・・・思い出したくもない。あれは酷いもんだった。俺の軍も殆どやられた」 そう話す紅絇の声に影が落ちる。 「今思えば、頭領がお前を絽玖(りょく)に預けると決めた事は正解だったと思うよ」 「・・そうか・・」 紅絇の話を聞きながら、塵煙は不意に当時の事を思い出した。 あの日、半数以上の死者と重体者を出した紅絇と九十九(つくも)の軍は、戦闘が終了して寵姫の判断を待つ間、互いが得た情報をひっそりと交換していたのだ。 戦闘が開始された頃、王宮内には棗鵺の兄妹も残っていた。 先代の軍も反乱の情報は掴んでいたが、はっきりとした事は掴めず、夜明けとともに急襲されたことで、一瞬、王の判断が遅れてしまったのだ。 ただ、分からないのは寵姫が先に向かった場所が後宮であったこと。 先に手をかけたのは女と子供であったという点だ。 目撃した者の話では、棗鵺の妹が寵姫の剣で胸を一突きされる丁度その瞬間を、彼女の兄が目撃し、怒りのままに剣を抜こうとしたらしい。 ただ悲しい話、彼の剣を抜く速度が寵姫よりも遅かった。 その後、彼の剣によって袈裟懸けに斬られただけでなく、胸を一突きされ床に捨てられたそうだ。 棗鵺が急ぎ帰還した頃には、二名は既に息絶えていて、兄妹は互いに寄り添うような姿で亡くなっていた。 そこから推測するに、微弱ではあるがどちらかに息があったか。 それとも、あまりの惨状に胸を痛めた者がいて、せめてもと一緒にしたかのどちらかだろう。 『何故、奴は女と子供を先に襲ったんだ?』 だがこうも考えられる。 逃がすことが出来たとして、後宮に居た妃や女官、侍女たちを寵姫が後宮へ戻すとは考えにくい。ともすれば彼女たちの行く先は運が良くて生家か、政府運営の妓楼だ。 だが、運が悪ければそのまま売り飛ばされるか、助かったとしても奴隷として一生を終えるのがおちだ。 それだけじゃない。敵味方問わず入り乱れる戦闘の最中、敵ではなかったとしても欲に目がくらみ、侍女や宦官たちを犯そうとする輩もおらんとは限らない。 特に女や子供は良い値で売れる。位が高ければ猶更だ。 つらつらとそんなことを考えながら、寵姫が先に後宮へと押し入り駆逐した理由が、もしそうであったとしたら、なんとなくではあるが納得はできる。 真実がどうであったのかは謎のままだが・・。 『棗鵺か・・・』 兄妹の亡骸を抱いて失意のうちに国を去ったと聞いてはいたが、恐らくその空白の間に、彼は蟲毒を生み出すことに成功したのだろう。 蟲毒とはいっても、その種類は数多く資材も昆虫だけに該当するわけではない。 彼も最初はそう思っていなかったのかもしれない。けれど亡骸を前にして、生き残った自身と重なる何かに出会い、その何かが彼を突き動かしたのかもしれない。 最も、全て仮定でしかないわけだが。 『治さんでいいのか?』 『これですか?』 『ああ。呪術で良ければ、だが。治す術なら一応得ている』 『いいえ。この肉体でいるのも悪くはないと思うようになってきました』 そう話して自虐的に笑う棗鵺の表情は、二日経過した今でも塵煙の心の奥に引っかかったままだ。 棗鵺の元へ行った時、彼は丁度起きていて不自由な体を杖で支えながら廊下を歩いていた。 その時、呼び止めて事情を話し指先から体液を貰ったわけだが、その時、彼は自身の血を眺めながら 『これに・・けして触れないでくださいね』 『ああ』 『でも、変わってますね。行き場のない殭屍に、これを使おうだなんて』 そう話して、彼は庭の木に視線を向けたまま、何も話そうとはしなかった。 その横顔が、何処か寂しく見えたのはきっと気のせいではないだろう。そんな事を彼は思う。 「・・・・・・・・・」 「棗鵺の体液とお前の肉片、それに血か・・・」 「ああ。術はこれから発動させる。離れておけよ」 そう話すとメイロウの黒々とした一本の髪と自ら抜いた髪を一本、丁寧に結び全ての材料の上に乗せ、また更にその上に乾燥した小さな何かを重ねたのである。 彼はそのまま瞳を閉じると、ブツブツと呟きながら小刀を取り出した。 すぐに手のひらをかざしたかと思えば、小刀で手のひらをザクリと切り裂き、バラバラと義手の骨を札と資材の上にかけ始めた。 振りかけた瞬間から札はブクブクと膨らみ、同時に染み出した赤黒い液体が湯水の如く沸きはじめ、次第に縮み、硬く丸い形へと変化していった。

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