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その昔、大雨が降り続いた末に疫病が蔓延した年があった。珂鶆が齢七つの頃である。 その疫病がきっかけで二軒隣に住む老夫婦が亡くなり、今度は左三軒隣の若夫婦も妻を亡くした。 子供を亡くした家もあれば、親を亡くした家も一軒や二軒ではなかった。 医師も呼べない。金も十分にあるわけではない。 そんな周辺の村々を救ったのは、州牧や王ではなく全国を修行の旅に出ていた僧侶達であった。 自らを律し、鍛えるだけでなく、学び得た知識を説いて回る。そんな旅する僧侶たちは足を踏み入れた先の村人たちにとって無くてはならない存在でもあった。 集団で行動を共にする彼らは、周辺の村々に疫病が広がっている事を知るや否や、城下町で薬を買い、道中ありったけの薬草を持って各地の村へと足を踏み入れたのである。 一番先に飛び込んできた光景は、うつろな目をして身動きの取れない村人達の姿だった。 僧侶は彼らに近づき、フムと言いながら脈を診て、その次に腕を見た。 そうして何も言わずに立ち上がると、後ろに控える仲間と二、三、言葉を交わし、彼らもまたその言葉に深く頷くと、各々が出来る事をと周辺の村へ散って行ったのだった。 その場に留まった彼らもまた、村を歩きながらまずは疫病を何とかせねばと、動くことの出来る村人に声をかけ、汚れた水を飲んではならぬと言い聞かせて回るように伝え歩いたのである。 道中、亡くなって数日が経過してもそのままの状態で寝かされた遺体を目にすれば、彼らを埋葬し、また疫病で倒れてはいるが意識がある者たちを一か所に集め、病に倒れていない家の民に対して「あればあるほど良いから」と薪と水を用意するよう呼び掛けて回った。 桶に汲んだ水がどこか濁り汚れていれば、この水は汚れているから飲んではならぬ。 飲んでしまえば疫病になると説明し、水を浄化するための小石を拾わせ、薬を煎じ、今現在自分たちが出来る最大限の知恵を絞ることで何とか疫病を抑えることに成功したのである。 これはまだ幼かった珂鶆にとって、全てが衝撃的な出来事であったに違いない。 それから、疫病の年を過ぎ、珂鶆が齢十一の頃、彼の姉が隣村の家に嫁ぐこととなった。 珂鶆の住む村から姉が嫁ぐ村までは馬で一晩駆ければ辿り着く程の距離である。 彼はその昔、姉に何処でその人と知り合ったのか問うてみたことがあるという。 すると彼女は、少し照れ臭そうに笑いながら 「村同士で集まって大きなお祭りをしたことがあったでしょう?その頃にね」 と言うだけで詳しいことは教えてくれない。 ただ言われてみれば、最近やたらと姉あてに伝書鳩が届くなぁとは思っていた。 けれど、家族も自分も「誰か親しい友が出来たのだろう」と思うだけで、その相手がまさか男であるだなんて想像すらしていなかったものだから、大変驚いたそうである。 自分と十程も年の違う姉を見送るのは、おめでたい事だと頭では分かっていても、なかなかうまく祝うことが出来なかったのもまた事実で。 そうした彼の態度を姉は咎めることをせず、嫁ぐその日まで時間が許す限り一緒にいたようである。 姉が嫁ぐ村の相手は、珂鶆の家よりも僅かに裕福で、稲作もまた盛んな土地だったそうだ。 家には小さな畑があって、毎日採れた野菜を手に村の市へと売りに行く。そうして川で獲れた魚を数匹手にしては家路を急ぐ。そんな生活をしているのだと知った彼は、自分の住む世界とはまるで違う相手の環境に少々戸惑ったに違いない。 それから、婚儀はトントン拍子に話が進み、とうとうそれからひと月もしない間に姉は隣村へと嫁いでいったのだ。 その際、親と共に珂鶆も同行し姉が住むであろう家を見に隣村へ向かい、そこで婚姻の義は問題なく行われ、次の日の朝に「姉をどうか頼みます」と頭を下げて村へと帰って行った。 花嫁衣裳を着た姉は別人のように美しく、そして何処か儚く見えた。 婚姻の義を終えて、彼女に寄り添う夫もまた初めて会った時とは違い、どこか凛々しく見える。その変化に何処か違和感を覚えながら、珂鶆もまたいつか自分もそんな日が来るのだろうと、まだ見ぬ未来について懇々と考えてみたりもした。 それから、毎月のように姉や夫、義理の親族達から採れた作物が度々届けられ、珂鶆の母もまた自分が編んで作った衣や飾りを贈って届けるというやり取りを半年もの間、続けられていたのだが、ある日を境にパッタリと途切れてしまった。

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