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あれは忘れもしない。
収穫期を終え、もうそろそろ季節は冬を迎えようとしていた頃の事だった。
度々、夜盗が周辺の村々を襲っているとの話を風の噂で耳にしていた彼は、その話に耳を傾けながらも、まさか貧しい自分の村までは夜盗は来るまいよと考えていた。
事実、姉が嫁いだことで働き手が一人減り、その穴を埋めるために珂鶆とまだ幼い弟が両親と共に朝から晩まで荷を運び田畑を耕し、壊れた箇所の修繕に向かったりと奔走していたのである。
そんな折、一匹の伝書鳩が珂鶆の家の扉をコンコンと何度も叩き、その音で目が覚めた彼は、半分寝ぼけ眼な状態で扉を開けることにした。
外はまだ薄暗く、はるか遠くには夜明けと共に昇りかけた朝日が見える。
「なんだよ。お前か・・何だ・・?手紙」
欠伸をかみ殺しながら足に括り付けられた布を見る。
ただ、いつもの文と違い、羽と足にべっとりと赤黒い血液が付着しているのに気が付いた彼は、まさかと思いながらその文をゆっくりと解いていった。
開いたその数秒の間が、珂鶆には酷く長いように思えたのも事実で。当然、手はブルブルと震えていて、眠気も何処かへ吹っ飛んでしまっている。
布は赤黒い血でべっとりと染められていて、殆どの字が読めなくなってしまっていたが、伝えようとするその言葉の意味が何であるのか。
その言葉の先に何があるのかを瞬時に悟った彼は
「・・・・・ね・・姉ちゃん・・!」
大声で家族を呼ぶと、何事かと目が覚めた父親に文を押し付け、その勢いのまま繋いでいた外の馬に飛び乗るや否や間髪入れず一気に姉の住む村へと馬で駆けた。
駆ける馬は速く、道も落ち着いていたが珂鶆は生きた心地がしなかった。
恐らく、夜盗の襲撃にあったのだろう。血で書こうとした文字が途中で途切れてしまっている。どれだけ思い返そうにも、その布からは生死のほどは分からない。
『くそっ!くそっ!くそっ!』
一瞬、去り際に見た姉の表情が蘇る。
静寂の闇に馬の息と蹄の音だけが響き渡る中を、ただひたすら駆けた。
少しでも速く村に着く、ただそれだけの為に。
休むことなく駆けて村近くの道に着いた頃には、陽も高く既に時間も正午を過ぎてしまっているようだった。
肌寒い風が容赦なく肌に突き刺さる。
よくよく考えてみれば、寝衣姿のまま家を飛び出してきたので何も羽織るものを持っていない。
今頃になってその寒さに気が付き、カチカチと歯を震わせながら何度もピョンピョンとその場で飛び跳ねてみる。
そうして、少し身体を温めると「よし!」と脳内で自身に活を入れ、村へと足を踏み入れることにしたのだった。
「・・・・・・・・」
村への入り口に足を踏み入れて直ぐ、珂鶆は不気味に静まり返った村を見渡した。
人の気配はどこにも感じられない。ただ、あちこちの家は夜盗によって焼かれ、燻ったような香りが風と共に臭って来る。
「・・・・・?」
最初は気づかなかった布と何か伸びた物体が置かれている事に気づき、目を凝らして初めて、珂鶆は小さくアッ!と呟いた。
そう、それは息絶えたまま放置されている斬り捨てられた人々の姿だったのだ。
「・・・・・・」
その光景を目にした彼は、馬にここにいるように告げると何処かの家から桶を借り、馬を休ませるために来た道を戻ることにした。
何故か?勿論、夜通し走り続けた馬に途中の道で見つけた川の水を飲ませる為だ。
「・・行こう」
桶を手にした珂鶆の沈んだその声に従うように、馬も大人しくついてくる。
馬が水を飲んだのを確認し、再度水を汲むと今度は大きな木を探して、その木に馬を括り付けると
「すぐに、戻ってくるからな。水は一応置いておく」
と告げ、一人で村へと戻ることにしたのである。
「・・・・・・・・」
あの村の惨状を一目見て何があったのかは容易に想像がつく。
どうして一人で行こうとしたのかは分からない。けれど村の入り口から見た光景と人々の亡骸から察するに、恐らくではあるが多数の賊は残っていないだろう。いたとしても少数だ。
「・・・・・・・・・」
早計だ何だと言ってなんていられない。まずは姉を探さなくては。
「・・・何もないよりはマシか・・」
村へと入り焼かれた家々をちらりと覗きながら、何故かそんなことを考えてしまう。
そうして誰もいない家に度々足を踏み入れると、誰もいないことを確認した上で、もし夜盗に出会った時の自衛にと適当な短刀を数本借り、自身の寝衣に忍ばせたのである。
その際、袍も借りようと思ったが、逆に袍を着ていない方が身軽に行動できるのではと思いつき、彼はそのままの姿で襲撃後の村を歩きながら、姉の住む家へとまっすぐに向かうことにしたのだった。
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