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「ひでぇな・・みんな持ってっちまったのかよ」
焼けた跡の木片を踏むたびにパキリと微かに音がする。
風が舞う度に燃えた木と肉の臭いが鼻につき、その度に彼は袖で鼻を覆いながら、どうにか生き残ったであろう村人を探そうと歩き続けていた。
見つけたとしても話が出来る状態であるかは分からない。けれど、何があったのか正確なことを知るためには生き残った者を探すのが一番早いと思い、そうすることにしたのである。
道中、焼けていない家の壁越しに、微かに聞こえる数名の嘲笑とくぐもったような声を耳にしたが、あえて聞かなかったふりをして、誰にも見つからないようにと息を殺しながら、とにかく前へと進むことにした。
こういう時、自分がまだ子供でよかったと心底思う。
普段は思うことのない身長の低さも、棒のように細い腕も物陰に隠れたり、狭い場所を這って進むにはもってこいだったからというのが大きな理由の一つであったが、それ以上に大人の目から離れて慎重に行動することが出来るというのは正直に言ってありがたかったのだ。
「・・・・・・・・・・?」
それにしても、驚くほどに人の気配が感じられない。
もしかすると夜盗の襲撃を受け、命からがら逃げだした者もいたのかもしれないが、一人くらいは生きている村人に出会ってもいいはずだ。
あと奇妙なことに、女と子供の姿も見当たらない。
目につくのは全て男と老人のみの倒れた遺体だけだ。
それらがそこかしこに転がっていて、吐き気を催すほどの死臭がまた焼け焦げた臭いと混ざり酷く彼を不快にさせたのである。
想像はしていた。なんとなくではあるが、想像はできていた。
けれど、実際に目で見る光景と想像は全く違うもので、何よりも一夜のうちにここまで荒らす必要があったのかとさえ思えてくる。
ふと、この村を初めて訪れた日の事が鮮やかに蘇ってきた。
人々の笑い声。賑やかな歌。人の声。活気溢れる全てのものが、今は跡形もなく消え去ってしまっている。
「・・・本当に・・誰もいない・・」
まるで村全体が死んでしまったように、しんと静まり返っている。
ただ、色々見て回ったところ、荒らされている家の方が多く、それもまた珂鶆を不快にさせた事だけは確かだった。
「・・・・もしかしたら・・・」
そうまで言いかけた想いをグッと飲みこむ。
考えてはいけない。考えないようにしようと思った矢先、見覚えのある畑が目についた。
「・・・・・・・」
ようやく姉の住む家へと辿り着いた頃には、陽の高さも落ち着いていて、燃え焦げた臭いも薄くなってしまっている。
もう少し、もう少しと思いながら辿り着いたその景色。
「・・・・・・・・・・・・・・」
しかし、珂鶆は眼前に広がるその光景を目にして初めて「嗚呼」と思った。
もうすでに見る影もないその光景が現実となって、珂鶆に全てを伝えようとしている。
「・・・・あ・・・」
屋根は焼かれて落ちていて、壁も扉も壊されている。
燃えた木の臭いだけが珂鶆の鼻を幾度もくすぐっては去って行く。
まるで知らない誰かに頭を思いきり叩かれたような衝撃だけが彼を襲い、眼前の光景に言葉を出すことも出来ないまま、彼は力を失った蛸のようにフニャフニャと、その場に崩れ落ちていってしまったのだ。
「あ・・ああ・・・」
人の気配は何処にもない。ただ、焼かれて壊された家だけがそこに残されている。
「あ・・嗚呼・・嗚呼!嗚呼!!」
身体を何とかして動かそうにも上手く動かすことが出来なかった。
話そうにも喉と胸が詰まるだけで言葉にならない声だけが嗚咽と共に流れていく。
頬を熱いものが幾度も滑り、上手く立ち上がることも出来ないまま、彼はただ眼下の砂を両手で掴むと、力を込めて土を叩いた。
それは無念から来るものなのか。衝動か。はっきりとしたことは分からない。
「・・・・・・・・」
どれほどそうしていたのだろうか。
やがて彼はフラフラと身体を揺らしながら立ち上がると、壊された扉へ向かって歩き始めた。
扉に近づいて直ぐ、焦げたような臭いに混ざって何とも言えない臭気が広がっていることに気づいて前を見る。
「・・・・・・・・」
嫌な予感は隠せない。心の臓は先ほどからずっと五月蠅く鳴り続け、耳鳴りもまた酷く、喉はすでにカラカラと酷く乾いているものの、どうしてか身体が水を求めようとはしていなかった。
おかしなこともあるものだ。と思う。
「・・・・・・・・・」
どれだけ目を凝らしてみても家の中は薄暗く、奥の方まで良く見えない。
一歩、前に進もうと足を踏み入れた瞬間、ぐにゃりと細長いものが足に当たった。
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