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第2話
「おはよう。あれから、20万の願い事はどうなった?」
健が満面の笑みで隣の席に座る。健とは学部は違うが一般教養の授業は、かぶっているものが多い。
「それがさ、引き出しの中に入ってて……なんか、気味が悪くなってきた。あの人形、処分した方がいいかも」
「えー、マジで??」
「うん、神社にそういったものを納める所ってあったよね? 今日、バイトの前に持っていこうかな……」
「俺も、付き合うよ」
「ありがとう。助かる」
「確かに、手放した方がいいかも。あのさ、これ言うか迷ってたんだけど……あの人形7体あるけど、願い事叶えるのは6体だけなんだって。願い事を叶えてもらった報酬に、最後の1体は逆にこっちが願い事をきかないといけないらしい」
「えっ、何それ……」
「あー、単なる噂。実際に願い事をきかされたヤツなんていないし。そもそも、もう、処分するなら関係ないし。気にしない、気にしない! それにしても、これから講義、ダルイな。今からサボる?」
なんだ、その後出しじゃんけんみたいなの。
文句を言いたい気持ちになったが、健の言う通り、まだ3体しか使っていない。
それに、今日で手放す予定。もう、自分には関係ない。
「……これ、出席厳しいヤツだしなぁ。俺はちゃんとでるよ。でも、休講になったらいいのにね」
いつもは時間通りに始まるのに、なかなか講師が来ない。
どうしたのだろう思っていたら、しばらくして、休講の知らせが教室に届いた。
「今さ、楓って、休講になったらいいのに、って言ったよね?」
「……うん」
本気で願ったわけではないが、確かに、口に出して言ってしまった。
ひょっとして、これは、人形の力なのだろうか?
いや、これこそ単なる偶然だ。休講なのは、もともと決まっていたのだろう。
健とカフェテラスに移動すると、同じ講義を受講している学生の会話が聞こえてきた。
「休講になったのって、教室に来る途中で階段から落ちて怪我をしたかららしいよ」
「えー、そうなの?」
「それがさ、誰かに突き落とされたんだって。大騒ぎになってたよ」
驚いて、健と顔を見合わせる。背中を嫌な汗が流れる。
人形への願いは、寝る前に唱えて枕の下に置くことになっている。
昨夜は、そんなことはしていない。これは人形の力のはずがない。
でも……。
「ごめん。俺、人形を確かめに帰る」
「え? 楓? ……心配だし、俺も着いていく」
ざわざわとした不気味な予感が、足元から這い上がってくる。
人形が減っていてもいなくても、絶対に神社に納める。手元に置いておくのは、無理だ。
ほとんど走るように、マンションに戻り、箱の中を確認する。
「……!?」
人形は3体に減っていた。
「なんだよ、これっ!!」
もう半泣きだった。こんなことは望んでない。
「すぐに、神社に持っていこう……」
近所の神社の古札納所のボックスに箱ごと納める。
これで、すべてが終わるはず。元通りの平穏な日常が戻るはず。
そのまま、健と一緒にバイトに向かった。
バイトの間も、人形のことが気になって、考えられないような失敗ばかり繰り返してしまった。
怪訝な顔をした三好が近づいてくる。
――ああ、またこっぴどく怒られる……
「大丈夫か? お前、熱あるんじゃない?」
「え?」
三好の端正な顔が目の前に迫ってくる。思わず、目を閉じると額にこつんとあたたかな体温を感じる。
「うわっ!!」
三好の額だった。楓の熱を測るため、三好が自分の額をあわせてきたのだ。
「ああ、熱は無いようだな。えっ? なんだよ、その顔。手はほら、この通り、粉だらけだから。男同士だし、セクハラにはならないだろ?」
心臓がドクドクとすごい勢いで拍動している。どうして、こんなに動揺しているのだろう?
「やっぱり、具合悪そうだな。あと、もうちょっとだし、早めにあがっていいよ」
「ありがとうございます。お先に失礼します」
なぜか、顔が赤らんで、まともに三好の顔が見れない。
三好の言葉に甘えて、少し早めにあがらせてもらうことにした。
――優しくしてもらったから、調子が狂ったのかな……
きっと、そうに違いない。まるで恋をしているように三好に胸をときめかせるなんて、あるはずがない。
急に居ても立っても居られなくなり、小走りにマンションに向かう。
「?」
自分と同じような小走りの足音が後ろから聞こえる。
自分のあとを追っているような……。
いつもは、ノロノロと重い足取りの階段を、思いっきり駆け上がる。
向うもスピードをあげ、すぐ後ろまで、足音が迫ってくる。
「うわぁ」
突然、腰をすごい勢いで蹴られ、転倒したところを背後から口を塞がれ馬乗りになられた。
痛みと、恐怖で身動きできない間に、ガムテープのようなもので手を後ろ手に拘束され口を塞がれる。
そのまま、すごい力で体を引きずられた。非常扉の向こうを目指している。あそこに連れ込まれたら、誰も助けに来てくれない。
必死で抵抗していると、聞き覚えのある声がした。
「おいっ! そこで何をやってるんだっ!」
バタバタと走り去る音がして、「大丈夫か?」と抱き起された。
――助かった。もう、大丈夫だ。
緊張の糸が切れたのか、楓はそのまま意識を手放した。
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