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第36話 Χάος  混沌と呼ばれた男

まだ蒼い地球(ほし)に人間が存在しなかった頃の話 天界と魔界が一つの世界に存在した頃の話 その世界には魔族と天使達がいがみ合って棲息していた その中に神でもなく、悪魔でもなく……人間でもなく……天使でもない存在が暮らしていた 彼等は地球の地脈を力に変換して、莫大な魔法を使う魔道師と呼ばれる一族だった その国を統治するのはヴィータ姫と夫のΧάος(カオス)だった 彼等は愛し合い、互いを思い遣り生きていた その国は蒼き魔法の国と呼ばれていた その日、ヴィータは表情を曇らせて窓の外を見ていた カオスはそんな姫の背後から抱き締め 「どうしたんだい?そんな顔をして……」と囁いた 「………皇帝閻魔様と熾天使ウリエルが……参って、魔族と天使のどちらかに下れと申されたのです」 「………君はどう答えたんだい?」 「お断り……致しました…… 我等はこの地を離れない……そして誰の元にも属しはしない…… 我等はこの地を愛している この地球(ほし)を愛している 一族を愛している だから……殺し合う場所には参加はせぬ……」 「ヴィータ……」 カオスはヴィータの首筋に唇を寄せた ヴィータは姫と呼ばれているが、女じゃない なら男なのかと聞かれれば……男じゃないと答えるしかなかった 何故なら彼女は雌雄同体なのだから…… 豊満な乳房を持ちながら、下肢には立派な男性器を持つ 陰嚢の裏に女性器を持ち、ちゃんと膣も子宮もある カオスは彼女をこよなく愛していた 豊満な乳房を揉みながら、もう一方の手は下肢を探る 「……あっ……まだ……明るいのに……」 「明るくなきゃ君の裸が見えないじゃないか」 カオスはヴィータを抱き上げると、寝室へと運び込んだ 柔らかいベッドの上にヴィータを寝かせると服を脱がせにかかった 全裸にすると脚を開けさせた カオスは勃ちあがり先を濡らす性器の下に、同じ様に濡れそぼる女性器を眺めた 「……ゃ……そんなに見ないで……」 ヴィータは訴えるのにカオスは聞かない 「何で?僕は君のアンバランスな肢体が好きです 感じていると先を濡らし、花弁も濡らす 今日はどっちに欲しいですか? お尻の穴?そらとも女性の方に?」 「あっ……あぁん……女の子の方に……挿れて欲しい……」 「妊娠したら良いのに……君と僕の子供を孕んで欲しいな……」 「……産みたい……貴方の子を産みたい……」 女なれば愛する男の子を産みたいと願って止まないだろう カオスは舌で思う存分、ヴィータの女性器を濡らすと、挿入した 初めから一つの存在だと想える程に…… 二人は離れているのが不思議な位愛し合っていた この幸せが永遠に続けば良いのに…… 想って止まない 愛している 愛している 愛しているのだ 互いしか考えられない程に…… 二人は何時までも愛し合い、互いを貪っていた 今だけは…… 不穏な空気も、自分達の異質さも忘れていられるから…… ヴィータは夫の背中に縋り着いた この一時だけは……貴方しか感じたくない……と想ったから…… 【より強い力を征した者が、この世界を統治する】 天使と魔族は仲が悪かった 悪魔と天使も仲が悪かった この世界に魔族は不要! 自分達こそが創造神に創られた存在だと天使は豪語していた その為には魔道師達の存在は捨ててはおけなかった 天使の側に下らせて一緒に戦ってもらいたい! 何度も何度もウリエルはヴィータに逢いに行った 皇帝閻魔はそんな天界の動きに不穏な空気を感じ取っていた 魔界に皇帝閻魔がいる限り、天使は直接攻撃に出るのは得策ではないと想っていた 皇帝閻魔 彼は創造神が配置した天地創造の神の一柱だったからだ その力、この世界を“無”にしてしまえる創造神と同等 下手に手を出したら、こっちが“無”に還される だから皇帝閻魔ごと倒せる力が必要だった それには魔道師達の存在は欠かせない駒となっていた 「我等天使と共に闘ってくれ! この地に魔族など要らない 何故彼等が存在しているのか……我等には想像すら付かない 答えは一つ 彼等には消えて貰う……そう結論が出たのです」 ウリエルはヴィータにそう言い詰め寄った ヴィータには魔族がそんなに悪い人種だとは想ってはいなかった 創造神が配置したと言うのなら、天使は光り、魔族は闇を……バランスが取れていると想っていた 睨み合い、啀み合い天使と魔族と悪魔は棲息していた 最初に手を結んだのは魔族と悪魔だった 力の配分が魔界に傾いた頃 ……皇帝閻魔が冥府に渡り、戦局は天使の方に有利かと想えた 大天使ルシファーが魔界に堕ちて始めた戦争は、更に悪化の一途を遂げた 長い長い天魔戦争は何時終わるか解らぬ戦いへとなって逝った 殺し合い、互いを消す 闘いは熾烈な更に過熱していた 力は互角 当たり前だ 創造神は一つの種族にだけ突出した力を分け与えたりはしなかったから…… 互角なのは当たり前だ だからこそ、魔道師達がどちらに着くか? 着いた方に軍配が上がるとされていた 自分達の領地のその横で殺し合いが繰り返された 蒼い地球(ほし)は血で染まり…… 愚かな愚行に哀しんでいるかのようだった 冥府の王 ハデスが消滅して皇帝閻魔が跡を継いだ 莫大な闇を浄化してバランスを取るのが冥府の役目だった 冥府は常に中立 公平で公正な立場でなくてはならない ハデスは一人だけ地に堕ちて、この地球(ほし)の浄化に当たったが……疲れきっていた 闇は増長し 蔓延り 確実に根を生やしていた オリンポスの神々は……自分達の真意を問い掛けて この地から消える選択をした この地から……兄達が消える ハデスは思い悩んだ 何時しかハデスも闇に染まってしまっていたのかも知れない ハデスはそんな自分を誰よりも知っていて…… 皇帝閻魔に総てを託して消えて逝く選択をした 皇帝閻魔は総てを了承してハデスの血肉を引き継いだ そして冥府へと渡るしかなかった それが戦火に影響を及ぼす事は誰よりも知っていた 誰よりも知っていたが…… 冥府が統治されない方が問題だと、創造神は皇帝閻魔を冥府に逝かせた それが………悲劇の序章だとも知らずに…… 天魔戦争も佳境を迎えたある日 堕天使ルシファーが冥府の地に降り立った 創造神に許され一度だけ冥府にやって来たのだった 皇帝閻魔はそれを迎え入れた 馬鹿げた闘いを‥終わらせる覚悟をした憐れな天使を哀れみ‥‥‥憂いでいた 「………どうされた?大天使ルシファー いや……今は堕天使ルシファーでしたね」 「皇帝閻魔、私は謂われた事に忠実に従っているだけです…… あの方は……この馬鹿げた闘いの終焉がお望みだ…… あの方は【人間】と言う種族を創られた 我等神と呼ばれる存在は【人間】と言う存在を護る為の下拵えにしか過ぎないのだと申された この地球(ほし)は………【人間】のものだと申された その為に長きに渡る闘いに決着を着けろと……申された」 ルシファーの言葉に皇帝閻魔は眉を顰めた 「……お前は……その為に……堕天使になったと謂うのか?」 「皇帝閻魔……誰かがやらねばならぬ事なのです…… 魔界から貴方が消え、古来の神々や魔界に下られた神々は闘いを止める気配はない 天界も……より強い力を求め……魔道師達は……巻き込まれん勢いです このままでは総てが滅ぶまで闘いは終わらない…… 貴方には……裂帛した声をあげるこの地球(ほし)の叫び声が聞こえませんか?」 「………ルシファー、我はもう……天界や魔界に干渉してはならぬ存在となった……」 皇帝閻魔は苦しげに自分の立場を口にした 皇帝閻魔の後ろには真っ赤な紙をした男が立っていた 何も言わず……… ただ皇帝閻魔を護る様に立っていた…… 「皇帝閻魔……この闘いを……僕の命一つで終わらせるつもりです…… 僕は……自分の星が詠めてしまった 僕は……友の目の前で……殺されます………」 何度も何度も自分の星を詠んだ だけど何時も同じ結末しか詠めなかった 終わるのだ 自分の人生を持って終わらせるのだ…… 「ルシファー……心優しき戦士よ…… お前は汚名まで着たまま終わらせるつもりなのか?」 「多分……僕が死んでも……闘いは終わらない…… 多くの命が消えて……葬り去られる事となる 皇帝閻魔……この地球(ほし)は綺麗だね だけど……この先も愚かな愚行はなくならないよ ならば何故……我等はいるのだろう……」 「………その答えは私には解らない…… 私は天地創造の一柱として、この地球(ほし)を見守って来た この地球(ほし)が何処へ向かって逝くのかは解らない 私は総てに於いて中立でなくてはならぬ立場となった 何処かへ荷担は出来ぬ立場の以上……目の前で繰り返される闘いを……歯噛みしながら眺めているしか出来ないのだ……」 「…………皇帝閻魔……我が絆の兄弟よ……」 「ルシファー……我が絆の兄弟…… お前を導いてやれる立場になくて済まぬ…… 最期を看取ってやれなくて……済まぬ」 「それも運命(さだめ)なのです 私はこの蒼い地球(ほし)の礎になる この地球(ほし)は誕生して間もない赤子 この地球(ほし)の一部となれるのなら本望だと言えましょう……」 寡黙な男は苦しそうに息をついて、ルシファーを抱き締めた 「………皇帝閻魔……最期に逢えて良かった……」 「私は……また逢いたいです……そう望むのはいけませんか?」 「皇帝閻魔……僕の変わりに……この蒼い地球(ほし)を見届けて下さい……」 「………生在る限りこの地球(ほし)を見届けよう だが私も……長くはあるまい…… 私は我が息子に総てを託して終る日ばかり夢を見る 我が息子が私の血肉を受け継ぎ、冥府の王となる日を夢見ている それだけが私を……生かしているのだ」 大天使ルシファーは皇帝炎帝を見た 真っ赤な髪でキツい瞳をした皇帝閻魔に良く似た容姿をしていた 既にその体内に皇帝閻魔の血肉を取り込んでいるのか…… その力は等しく感じられた だが………その中身は……空っぽだった 傍目からでも、その空虚さが感じられる程だった 大天使ルシファーは天界で一度、皇帝炎帝に逢った事があった その時、皇帝炎帝は創造神の御使いとして、天使達の前に姿を現した 果たして……同一人物なのか? 「皇帝閻魔……貴方の愛しき子は創造神の御使い…なのですか?」 「違いますよ……私が魔界にいる間、あの方が私から引き離しただけの事です この子は我が愛する妻との子……愛する弟の魂を受け継ぐ存在‥‥あの方の御使いなどではありません!」 「………そうですか……前に一度天界で御逢いしたので……」 「………この子は……」 何か言いかけた皇帝閻魔に何も言わせず大天使ルシファーは皇帝閻魔の前に跪づいた 「………皇帝閻魔……御二人の逝く道が穏やかであります様に……祈っております」 「ありがとうルシファー お前の逝く道も穏やかである様に……祈っている…… 誰よりも辛い試練を与えられし魂が濁る事なく、君の瞳に総てを映せます様に………」 皇帝閻魔はそう言い跪づいた大天使ルシファーの前に立ち、その瞳を口吻けを落とした 見上げる瞳は涙で揺らいでいた 「またこの地で逢おうぞルシファー」 「………はい……はい!皇帝閻魔!」 大天使ルシファーは立ち上がると微笑んだ そして天高く羽ばたいて……姿を消した 皇帝閻魔はルシファーの覚悟が解った 解っていたが……別離は言わせなかった 「………またな………ルシファー………」 神の忠実な僕よ…… 再び、この地で逢わん事を願って止まぬ…… 皇帝閻魔は天を仰いで……そう願った 天使も 悪魔も 魔族も 疲れ果てていた 何時終るとも言えぬ闘いに血を流し 種族を減らし続けていた 未だに………(創造)神は黙りを決め込まれていた 天使達は我が同胞が魔界へ下るとは考えてもいなかった 皇帝閻魔が冥府に渡った時点で勝敗は着いていたのだ なのに………大天使……いや、堕天使ルシファーが魔界の地に降り立って、戦力は魔界優勢になりつつあった そんなの許せはしない!! 天使達は魔道師達に協力を求めた 一族の長、ヴィーダ姫に戦力を願って出た 一歩も引かぬウリエルにヴィーダも断り続ける事が困難に鳴りつつ在った 「……カオス……もう……お断りするのは無理になって来ました……」 一族の者は闘いに参戦するのは【 否 】だとヴィーダに迫った 天界は闘いに参戦しろ!と強行に参戦を促し続けた 魔界は『和平を願うなら……魔界へ下られよ!』と閻魔になられた雷帝に迫られ続け…… 何処へも逝けないヴィーダは途方に暮れていた 「………Χάος……我等一族は平穏に過ごしたいだけ…… この地球(ほし)の地脈を護って力を継承する為に存在していた我等が……血でその手を染めるのは……本意ではない」 ヴィーダは呟いた カオスはヴィーダを強く抱き締めた 「………ヴィーダ……貴方が苦しまずともよい…… 愚かな闘いをしているのは天使と魔族 我等はそのどちらにも属しはしない……」 「そうも言ってはいられなくなりました…… 返事をせねば……我等が標的になるのでしょう 魔界もろとも我等も葬り去られる事になる」 「…ヴィーダ……愛している……」 カオスは泣きながら妻を強く…強く抱き締めた 「私も愛しているわカオス……… 出来る事なら……貴方の子を……産みたかった」 「……子を成さなかったのは…君の体躯がそれを望んでいなかったからだろ?」 「……知っていたのですか?」 「子を……成さないのは……この現状に不安を抱いていたから……なのかい?」 「………星を……詠んだのです…… 星は私に告げました この闘いはまだまだ……終わらない 創造神が怒り……天と地を切り離す時まで続くでしょう その前に……我等が滅ぼされる 私は……この国の最期の姫になる そんな状況で……お子など……望めはしませんでした」 「滅ぶなら………共に…… 君がいるなら……僕は怖くなんかない……」 「カオス……貴方は生きて……」 「嫌だ!君がこの世にいないのに? 僕が何故生きなければいけない? 君を失った瞬間………僕は狂うよ…… この世の総てを怨んで……僕は復讐と言う狂気に囚われる事となる……」 「カオス……」 「僕から君を奪わないで…… 僕は君がいなければ生きては逝けない……」 カオスは泣いていた ヴィーダも泣いていた 諾 と言わねば魔界もろとも滅ぼされる現実から逃げ出す方法なんてないから… 幾度も幾度も一族の者と話し合った 彼等は誇り高き魔道師として………この地を終われるのであれば死を選ぶ……まで言った どうせ地脈の力を奪われたら、一族は生きられないのだ 闘いにその手を血で染める事までして生き延びたいとは思わない 長老はそう言った 力を持って産まれて来てしまっただけで…… 何もかも奪われてしまうとは…… 一族の者の意思は固く 彼等は滅びの道を選んだ ウリエルはその答えを聞いて『愚かな一族』だと笑い飛ばした 「自ら滅ぶと言うのか?」 「はい。我等は……その力を殺める為には使いません」 ヴィーダは言い捨てた 「ならば、死ぬが良い!」 ウリエルの刃が………ヴィーダ姫を貫いた ヴィーダ姫はウリエルの刃に胸を一突きにされ倒れた 倒れる瞬間、カオスがヴィーダ姫を抱き止めた カオスの目の前で、一族の者が殺戮され倒れて逝った ウリエルはわざとカオスは殺さず、見せしめに一族を殺した カオスの手の中でヴィーダ姫が冷たくなって逝った 「………カ……ォ……ス……カ………」 ヴィーダ姫は夫の名を呼んだ カオスは妻を抱き締めて叫んだ 「僕も殺せ!妻を殺したその剣で、僕も殺せ!」 冷たい指先がカオスの頬を撫でた カオスは治癒魔法でヴィーダ姫を治そうとした だが天使の刃に貫かれた者は……治す事は不可能だった ウリエルは一族のもの総て殲滅すると、その地を去った カオスは何時までもヴィーダ姫を抱き締めていた その体躯が朽ち果てて……土に還ってしまっても…… 妻を抱き締めていた 許さない 許しはしない 何故奪われねばならなかったのだ? 何故………ヴィーダは殺されねばならなったのだ? 許さない 許さない この世の総てを滅ぼしてやる 闇が広まりカオスを飲み込んで逝った 闇に染まる 闇がカオスを取り込もうとする ヴィーダ…… お前の元に逝くから…… 取り残され何度も何度もその命を断とうとした だが自ら命を断てない体躯は……現実を突き付け……総てを奪って逝った 死ねぬなら……この世に禍いを齎す悪になろう…… 闇になり…… この世を唆す混沌となろう 総てを奪った者へ復讐する それだけが……死ねない自分に出来る精一杯の復讐だった 神よ…… もし貴方が存在するならば…… 何故貴方は……僕の大切な宝物を奪ったのかお聞きしたい 僕の命 僕の宝 僕の総て ………ヴィーダを亡くして生きろと謂われるのなら…… この世の総てを滅ぼしてやる Χάος と呼ばれ恐れられ 幾度も殲滅させられ…… それでも甦る この世に闇がある限り その魂に平穏など来はしない 桐生夏生は冥府のヴォルグの木の下に立っていた 「ルシファー、我が絆の兄弟よ」 別れたあの日の呼び方で呼ばれ、夏生は 「僕は炎帝のスワンです」と訂正した 素戔男 尊が消滅する寸前、崑崙山に堕天使ルシファーの魂の欠片を飛ばした その欠片は崑崙山の八仙の元に渡り、皇帝閻魔の元に渡り、炎帝の手に渡った 炎帝は青龍の家の前の池で死にかかっていたスワンに欠片を与えた そして生を成し炎帝のスワンとして生きて来た これからもスワンは炎帝のモノとして生きて逝く覚悟だった 魔界で待つには淋しすぎて天照大神に人の世に転生させてもらって今は桐生夏生として生きていた 皇帝閻魔は優しく微笑んで 「では改めてお聞き致しましょう 炎帝のスワンがどうして冥府に?」 「………混沌の夜が開けたそうです」 幾度も甦りし存在 皇帝閻魔はその悲しい魂を想う 「………では……一連の事件の元は彼の闇だったと判定されたのですか?」 夜叉王でなく混沌が原因だったと?と暗に問い掛けた 「どうなんでしょ? 彼は災厄を呼び寄せたがるのでしょうか? 愛され過ぎて……求愛され過ぎだっただけかも知れませんよ?」 「あれもこれも混沌のせいにしてはダメですか? 格好の材料なんですがね?」 「重なる困難は何処に原因があるのかさえ解りません ですが炎帝は………此処で…終わらせるつもりです 長きに渡り憎しみ続けたΧάοςを解き放つおつもりです……」 「………あの子はまた……嵐の中に飛び込みますか……」 「それが炎帝です」 「………終われるのであれば……彼を解き放ってあげて欲しい……」 「Χάοςをご存知なのですか?」 「私は視ているしか出来ない立場にいました ですから愛する者を奪われて……闇と化して生きるしかなかった彼を救う事は出来なかった 愛する存在を得た炎帝なれば………彼の想いが解るであろう……彼を終わらせてやってあげて下さい……と伝えて下さい」 「解りました……僕が貴方を尋ねた本題に入ります 闇を管理するのは冥府が役目 冥府の王ハデスから、その力を受け継いだ皇帝閻魔の役目 冥府はその仕事をサボっておいでか?親父殿……と炎帝からの伝言です お答え下さい皇帝閻魔」 「サボってなどいません ですが……年々私の力では押さえきれない程に闇が増殖しています 私の力が及ばぬ時が……必ずやって来る と言う事です」 「混沌を倒せば…闇がなくなる訳ではないのですか?」 「なくなりはせぬ……… この世に光がある限り、闇はなくなりはせぬ バランスが保てる限り……闇は押さえられる だが……そのバランスが狂って来た時…… この世界は……崩壊の一途を辿るしかない 混沌は……その駒でしかない」 「…………駒……ですか?」 「本当の闇は奥深く 何処にでも蔓延っている……… それを操るのは………」 言いかけて皇帝閻魔は「………止めておこう……」と言葉を濁した スワンは何も聞けなかった 怖かったから…… 聞いてはいけないと想った 「………皇帝閻魔………一つだけお答え下さい」 「何ですか?」 「冥王ハデスの力と血肉と骨は……炎帝に引き継がれているのですか?」 「君は……どう思っているのですか?」 「炎帝の力は……前より……格段に違います 元々、彼の瞳は貴方のモノでしたよね?」 「私は………愛すべき存在を創りたかっただけです…… 妻と子と弟を……一度に亡くした憐れな男は……… 現実を受け入れる事が出来なかった…… だから創ったのです 妻と私の血肉を与え、弟の魂を与え、産まれる事のなかった我が子の器の中に………生命を宿させた あの子は私の命……も同然 あの子を亡くしたら……私こそが混沌となり…この世を滅ぼす存在となりましょう…… それ程に大切なのです あの方(創造神)は…あの子の存在を…由とはしなかった…… だが…滅されると想っていた…あの子を還してくれました なのに……やっと……やっと還って来た子を…… 私は怖いと想いました 何も詰まっていない…この子が暴走したら…… この宇宙さえも狂わさんばかりの力を持っている その事実に…私は初めて罪を感じました そんな私の想いを……あの子は知っていたのです 知っていたから……あの子は魔界へ逝った そんな愚かな父は…人の世に堕とされた我が子を……何時も見守っていた そして死にかけた我が子に……私の力を与えた 私の総ての力を……あの子に与えた 冥府を継ぐのは皇帝炎帝 もう……奪われるのは嫌なのです…… せめて……我が子と…… 冥府に還って来た我が子と過ごせる時間を……と願って止まない それほどに愛しているので、仕方がないと諦めて下さい」 スワンは唖然となった なんと言う屁理屈 「炎帝が冥府に渡る時、僕も冥府に一緒に逝きます」 「………親子水入らずの時間を邪魔する気ですか?」 「転輪聖王や赤龍、釈迦だって冥府に来たがっているじゃないですか……」 「彼らには諦めて貰います」 「………無理だと想いますよ」 「………私の息子と婿殿との水入らずの時間を邪魔すると?」 「当たり前じゃないですか!」 「……そんな事を言ってしまうとか…変わりましたね?」 「当たり前です!僕は炎帝のスワンですから!」 胸を張り言う そんなスワンを見て皇帝閻魔は笑っていた もう使命だけで自分を律していた天使じゃなかった 自分の意思で炎帝の傍にいるのだと伺えれる言葉だった 「解き放たれた天使は手強そうですね」 「居直った中年も手強そうです」 そう言いスワンと皇帝閻魔は顔を見合わせて笑った 皇帝閻魔は果てを見て……… 「……愛するが故に……闇に飲み込まれ復讐鬼となった男……それがΧάος……混沌と呼ばれた男の末路です そろそろ……ヴィーダ姫の所へ……還してあげたいものです」 そう呟いた 愛する者を亡くした皇帝閻魔だからこそ紡げる言葉だった スワンは皇帝閻魔に 「ヴィーダ姫の……魂はどうなったのですか?」と尋ねた 「天使の剣は怪我を治癒する事も再生する事も……転生する事も出来ぬ剣……天使だった君が一番ご存知なのでは?」 「それでも……願って止まないのです 救われぬ魂が救済され愛する人の元へ……と願って止まないのです」 「皇帝炎帝ですからね 終わらせると謂ったのだったら、何がなんでも終わらせるのでしょう なれば彼が何とかするでしょう」 創造神を脅してでも……彼は目的の為なら何としてでも動くだろう スワンは「炎帝ですものね」と呟いた 皇帝閻魔も「そう。炎帝ですからね。」と呟いた 遥か昔………愛する者を失った哀しい男の魂は……… 癒える事なく今も血を流している どうか…… どうか……救ってやって下さい 皇帝閻魔は静かに祈った スワンも静かに瞳を閉じた ヴィーダ……      ヴィーダ……      何処にいるのだ?       ヴィーダ       ヴィーダ……     未だに貴女に逢えない……     長きに渡り蘇りし僕の前に……    君の姿を捉える事は出来なかった    …………ヴィーダ……     我が愛しい妻よ………     どうか………僕を………     永遠に眠らせて下さい     どうか………君の傍に…………

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