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第7話

 外も暗くなった夕方に怜は仕事をあがった。  遅番のスタッフたちに挨拶をし、建物を出てからスマートフォンを取り出した。イヤホンを耳にセットし、けれど周囲の音もきちんと聞こえるようにとボリュームを小さく絞って昨日取り込んだばかりのCDを再生する。  一人暮らしの彼女の家に遊びに来た彼──相山梓演じる大学生の台詞までは聴き取れないが、声が耳元にあるだけでいい。  自宅アパートまでの道中にある大きめの書店に入る。怜は本も好きだった。小説の中に生きる彼らは信頼できる。裏切りを見せつけられたってそれは自身に向けられたものではないから。  小説のコーナーに向かう途中に、カラフルな表紙の雑誌の陳列棚が目に入る。アニメや声優が特集されたものたちだ。  怜は一瞬だけそこに目をやり、小さく首を横に振って目的の場所を目指す。相山梓のことは声と名前のみしか怜は分からない。年齢だとか顔だとか、彼自身の事は敢えて知ろうとしなかった。  絶望に暮れ続けたある夜、テレビの中から届いたその声だけでよかった。

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