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第8話

「えっと。今週の新刊……」  文庫本の新刊のコーナーで立ち止まり、怜はずらりと並んだ表紙を次々と吟味してゆく。  作家の名、帯に書かれたコピー、表紙のデザイン。  分野で言えばミステリーものが好きだが、たまにはインスピレーションを頼りに違ったものを選ぶ時もある。  やさしい水色の表紙が目を引く恋愛小説も気になるが、やはり手堅く気に入りのミステリー作家のものにしようか。  夜空に細い下弦の月がもの悲しい装丁の本に手を伸ばした時──自身の名を呼ぶ声に、顔を上げずとも怜の体はピシャリと強張った。 「あれ。怜?」 「っ!」  反射的に一歩下がり見上げたそこには、よく知った顔があった。夕方だというのに一切の乱れなく着こなされたスーツ、整った髪が見る者に清潔感を覚えさせる。  怜の元恋人だ。

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