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第9話

「はは、そんなに身構えなくても。久しぶりだね、元気だった?」 「……っ」  その男……三条の爽やかな表情とは相反し、怜は胸からせり上がる吐き気を懸命に堪える。  どうしてそんな風に笑えるのか。どうして気安く声をかけられるのか。  酷い事をされたと思っているのは自分だけなのか──いや違う、見据えた顔は薄く口角を上げていて、腹の底で怜を馬鹿にしているのだ。  なにも返事など出来ずにいると、どこからかやってきた女性が三条の腕にするりと手を絡ませた。 「どうしたの? 知り合い?」 「ああ、昔ちょっと。ね?」 「へぇ……」 「っ、」  見下す様な三条の冷ややかな目と、ねっとりと体に纏わりつき値踏みするような女性の視線が怜に注がれる。  やめてくれ、喋るな、こっちを見るな。  言いたい事はたくさんあるのに、喉につかえたように何も声にはならない。少しずつ脈が上がり、肩がおおきく上下し始める。息苦しさに怜はぐしゃりと前髪を握りこんだ。  指先は氷のように冷たくて、イヤホンから流れているはずの声も今は遠ざかり怜を救ってはくれない。  溢れてしまいそうな涙を許すまいと唇を強く噛んだ時だ、怜の腕を後ろから誰かが引っぱった。

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