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第31話
梓はほっと息を吐いて笑い、マスクを外し漸くメニューを開いた。
その様子をちらりと見ながら、怜は静かに驚く。
こうして誰かと食事をする事に決意のようなものがあるのは、人間関係に恐れを抱く自分だけだと思っていたのに。レコーディングスタジオのスタッフである怜を誘う梓に、何を緊張するものがあっただろうか。
ぼんやりとそんな事を考えながらも、夜空の下でも少しだけ見た梓の素顔に怜はこっそり見惚れてしまう。
マスクをしている姿ばかりを知る梓は目元しか見えなくたって涼やかな瞳が好印象だったけれど、この整った顔立ちでは周りの女性たちが放ってはおかないだろう。
取り囲まれる梓を想像し何故かつきりと軋んだ気がした胸に、怜はふるふると首を振って痛みを散らす。
梓を好きになったわけじゃ決してない。けれど決心を改めて固めるようにひとり頷く。
恋なんてもう二度としないのだ。
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