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第33話

 他愛無い会話がおどろくほど楽しい。時折訪れる静かな数秒だって居心地がいい。  梓という青年の人となりが怜には純粋に好ましいのだ。  本屋で声をかけられるまでだって梓との僅かな会話に安らぎを感じていたけれど、それは以前より梓という人物を知れただろう今も変わらない、いやもっと強く感じているのは火を見るよりも明らかだった。 「じゃあここで」 「怜さんちゃんと部屋帰れます?」 「帰れないほど酔ってないよ」 「はは、そうですね。じゃあ、ちゃんと部屋に入るまでここで見ててもいいですか?」 「女の子じゃないんだからそんなに心配しなくても」 「俺が怜さんを見送りたいんですよ」 「……っ、そ、っか」  アパートの前で立ち止まり、向かい合ってそんな会話をする。既にスタジオのスタッフと利用客という関係だけではないかもしれないけれど、仮に友達と名付けるとしたって妙に甘やかされてはいないだろうか。  くすぐったさについ怜が俯き、顔を上げると人差し指でマスクを下げた梓の顔がそこにはあった。  先ほどの食事中に聞いたところによると、喉の保護のために出来るだけマスクをしているらしい。  挨拶の瞬間だからとそれを解いて見せる彼の誠実さが、また怜にあたたかい想いを積もらせる。 「おやすみなさい、怜さん」  そしてこの柔らかな声にやはり妙に落ち着いて、今夜は胸が鳴りすらしてしまう。まさかと苦笑しながらもう何度目かの首を振って、怜もおやすみと梓に告げる。 「うん……今日は本当にありがとう。おやすみ、梓くん」  怜の部屋はアパートの二階で、鍵を開けて入る前に振り返ると本当にまだ梓の姿がそこにはあった。道から見上げ、怜に手を振っている。  怜も振り返すと安心してくれたようで、自身のマンションへと漸く歩き出す。  かわいい弟が増えた、うん、そんな感じだろう。  ノリと仲良さそうに話していた梓を思い返しながら怜は頷く。

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