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第36話
「で、電話して、ごめ、梓く……」
『そんなの構いません! 一体何が!』
「あ、あの人が、家に……」
怜が電話をかけているとは知らない三条は、何も答えない怜に痺れを切らし始めたのか、玄関をノックまでして怜を呼ぶ。その音がどうやら梓にも届いたらしい。
動揺していた声がぐっとトーンを落とし、今行きますと静かに告げる梓の声と、家を出たのだろうドアの開閉音が怜の鼓膜を揺らした。
『怜さん、すぐ着くから大丈夫です。俺が良いって言うまで絶対開けちゃだめですよ』
「うん、うん。あの、梓くん」
『ん? どうしました?』
「声」
『声?』
「梓くんの声、聞いてたい」
『っ、ん……分かりました。ねぇ怜さん、今日のパスタ美味しかったですね。それからお酒も』
今置かれている状況はなにも変わらない。相変わらず三条は部屋の外で怜を呼んでいるし、時折ドアノブをガチャガチャと捻る音までし始めた。
それでも電話越しに梓の声があるだけで、怜はいくらか落ち着いていることが出来た。
梓の声に集中しようと目を閉じると涙が頬を転がって、寝間着の生地に吸い込まれていく。
相槌を打ちながら、努めてそうしてくれているのだろう穏やかな梓の声に集中した。
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