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第37話

『怜さん、下に着きました。今そっちに行きます。電話切りますね』 「あ、梓くん!」 『はい』 「えっと、手を上げたりする人じゃないはずだけど、気をつけてね。巻き込んでごめんなさい」 『分かりました、大丈夫です。あと怜さん、謝らなくていいですよ。頼ってくれて嬉しいくらいですから。じゃあ切ります』  すぐそこのマンションに住んでいるのだから、梓は本当にすぐに到着した。  つい縋るように電話をかけてしまったけれど、無関係の梓をこんな面倒ごとに巻き込んでしまった後悔が怜を襲う。  けれど梓はやわらかな笑みを電話越しに怜に届け、静かに通話が途切れる。  少し急いた足音が近づき、三条の声とドアノブを動かす音が止まった。  怜は梓になにもないようにと祈りながら、恐怖を振り払い這うようにドアに近づく。  自分の為に梓は来てくれたのだから、聞き届けなければと思うからだ。 「君はあの時の……へぇ、怜の男なのかな?」  冷ややかな声に怜は背筋を震わせる。三条の下劣に笑む顔が目に見える様だ。  恋人だった頃は──そう思っていたのは怜だけなのかもしれないが──確かに優しさを感じていたのに、本性を現した瞬間から三条は取り繕うことも面倒だと言うかのように冷徹な表情を隠さなくなった。 「帰ってください」  けれど、対する梓の声もまるで別人のように冷たく怜に響いた。  思わず息を飲み、本当に梓なのかと尋ねるかのようにぽつりとその名を呟いてしまったくらいだ。  普段の梓の声を陽だまりの丸くてあたたかい光に例えるならば、今は三条を貫きそうなほど鋭く尖っている。  腕力ではなく口で他人を言い負かすタイプの三条が、梓のたった一声に驚きすぐには言葉を返せないのがその証かの様だ。  それでも三条がすぐに引くはずもない。鼻で梓を嗤い、煽るように捲し立てる。 「あぁ、怜を独り占めしたい、ってところかな? まぁ分からなくはない。怜は良い体をしているからね。私もまたたまにはいいかと思ってきたところだ。君も怜と寝たんだろ?」 「黙って下さい。何も聞きたくありません、帰ってください」

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