39 / 93

第39話

 慌てて駆け寄った梓が怜の両肩を掴み、そっと顔を覗きこんでくる。  泣き顔を見られるのは恥ずかしくて頬を拭い、怜は深呼吸をしてから眉を顰めている三条をまっすぐに見据えた。 「三条さん、僕は二度と貴方と関わる気はありません。ここにも来ないでください、お願いします」 「怜、君だっていい思いをしただろう? 俺を忘れられなかったんじゃないか?」 「おい、そこから動くな」  怜が懸命に喉を震わせ言い放っても、三条はものともせずそんな事を宣う。偽りの笑顔で一歩近寄られ、どんなに強がっていても怜の体はまた竦んだ。  けれど梓が背に怜を庇うようにして三条を睨み上げる。  書店で見た時と似た光景に怜はそっと瞳を閉じる。  頼もしい背中にまた守られて、だけどそれだけではいられない。 「そうですね、忘れられませんでした、貴方に傷つけられたことが。ずっとずっと苦しかった」 「そうだったんだね、怜。じゃあもう一度やり直そう」 「いいえ、もう全部忘れます。貴方との過去に縛られて、誰も信じられなかったのも全部、もう今日でおしまいにします。だからお願いします、帰って下さい。だって……三条さん、僕の事好きなわけでもなんでもないでしょ? 今も、昔も。浮かれてそんな事も分かってなかったんですよね、馬鹿だったんです。信じた僕が」  頭を下げながら怜は三条にそう告げた。  本当はこんな短い言葉に収まりきらないほどに辛く苦しい数年を過ごしてきた。  眠っていてもご飯を食べていても、仕事をしている時も、笑っていたって頭の隅にずっとずっと、三条に簡単に捨てられた傷だらけの自分がこびり付いていた。  よくしてくれる人達にさえ、いつか裏切るのかもしれないと過去を盾にした。  けれどそんな自分を、必死で自身を守ってばかりだった怜を、梓が“優しくてまっすぐ”だと言ってくれたのだ。  もう解放してあげよう、傷を切り離して目の前の事を大事にしていこう。  そう思えるくらいに大きなものをもらったから、きっぱりと怜をそう言い切れる梓に。とびきりあたたかいこの子に。  怯える姿を面白がっていた部分もあったのだろう、怜の態度に三条は興味を無くしたのか珍しく下品に舌を鳴らした。  その態度に梓が腹を立てたようだったが、前に出ようとした梓の服を掴んで怜は引き止めた。  自分はともかく、梓まで蔑んだ目で見る姿に本当は怜も悔しかったが、梓になにかあったらと思うとそれが一番恐ろしかった。

ともだちにシェアしよう!