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第53話
「怜さん!」
「あ、梓くん」
「すみません、はぁ、遅くなりました」
「走って来たの? 慌てなくてよかったのに」
待ち合わせ場所に到着し、梓は膝に手をついて息を整える。
予定より遅くなってしまい、怜の言う通り電車を降りてからは走ってきた。
微かに額に浮いた汗を拭きながら顔を上げる。
薄手の白いニットで柔和な印象が際立つ怜は心配そうに眉を下げているけれど、これでいいのだ。
早く会いたいと逸る気持ちを抑えられなかった。
まだ二人では来た事のなかった街での待ち合わせ自体に浮かれてしまっている。
「俺も楽しみだったんでつい」
「ほんと? 付き合わせて悪いなって思ってたから、そう言ってくれて安心した」
「いっぱい安心してください」
「ふふ、何それ」
それじゃあ行こうかと二人並んでショップを目指す。
前回会ったのは三週ほど前だったが、その程度空いたところでよそよそしくなりはしない仲を梓は噛み締める。
よく笑うようになった横顔を盗み見ていると時間なんてあっという間で、すぐに目当ての場所に到着した。
ブルーが際立つショップは仕事を終えた人や学校の後なのだろう、多くの人で賑わっている。
マスクを整え、キャップを少し深めに被り直した梓も早速中へ入ろうとし、けれど怜が隣にいないことに気づき振り返った。
「ん? 怜さん?」
「え、っと。梓くん、本当に行く?」
少し後ろで立ち止まっていた怜の元へ引き返す。背を屈めて覗きこむと、不安げに揺れる瞳が逸らされてしまった。
「行きますよ。でも、怜さんが嫌だったら外で待ってます」
会いたい一心でこうして約束を取り付けたけれど、怜の楽しみを邪魔したいわけではなかった。なるべく柔らかく響くようにそう言うと、怜は慌てて顔を上げる。
「ううん、違う! 嫌じゃないんだ、えっと……僕は慣れてるからいいんだけど、もし梓くんが変な目で見られたら申し訳ないなと思って」
「変な目?」
「うん、あのね……」
なるほど、男性が所謂女性向けのシチュエーションCDを見ていると、好奇の目を向けられることがあるのか。
神妙な面持ちで話す怜に相槌を打ちながらも、梓は怜の優しさに胸の奥を甘酸っぱく震わせていた。
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